私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション45『粥(かゆ)』

前項目次次項


セレクション45『粥(かゆ)』



「ったく、しょうがねえなあ。ほら、お作ったから」
彼がそう言って、ベッドの前にあるテーブルにトレイを置くと、まだぼんやりしている私を起こしてくれた。
「……ありがとね。約束有ったんでしょ?」
私の問いに彼は照れ臭そうに笑うと、私の腰の辺りに枕を差し込んだ。
「いや、サークルの男連中の飲み会だから、大した約束でも無かったしな」
彼は呟くように言って、をトレイごと私の伸ばした太ももの上に、そっと乗せる。
「そっちこそ、なんか約束有ったんじゃねえの?ほら、今日は花火大会だしさ」
彼の問いに、私は静かに首を振る。
「美紀達は、それぞれで行くって。なんか張り切ってたよ」
彼はレンゲに取ったおを冷ましながら、私の答えに頷いた。
「ああ、そういや、武と晴康が浮かれてたな。そういう訳か」
彼は一人納得しつつ、レンゲを私の方に向ける。
「ほら、あーん」
え?
「いや、食べてみなって。うちのオカンのお、真似てみたんだ。旨いから」
いや、そうじゃなくて。
「ほらあ、顔、真っ赤になってんじゃん。早く食って横にならないと」
真っ赤なのは風邪のせいじゃなくて。
「ほら、病人が駄々こねない。あーん」
何だかなあ。
私はため息を吐くと、仕方ないという振りで口を小さく開けた。
そんな私を見て彼は嬉しそうに笑うと、レンゲを私の口に、そっと差し入れる。
意識し過ぎたせいか、レンゲが口に触れた瞬間に、身体に電撃が走ったような気がした。
「はむ、むぐっ……」
「どう?お味は」
心配そうに覗き込まれ、私の頭が一瞬真っ白になる。
近い、近いって。
「お、美味しいよ。うん」
慌てて答える私に、彼は嬉しそうに笑った。


(534文字)


『粥(かーゆ)』
 水を多くして米を軟らかく煮たもの。「―を炊(た)く」「―をすする」

(大辞林より引用)

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?