私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション96『混む(こむ)』
作者駐:
『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。
基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、投げ銭して戴ければ有料部分に続きを執筆いたしますので、よろしくお願いいたします。
セレクション96『混む(こむ)』(910文字)
「で、新しくつける会社名ですが、どのようにいたしましょう?」
昼下がりの会議室。
2社合併に伴う諸手続きを担当する如月が目前に座る役員たちに問い掛けると、高橋専務がおお、そうだな、とわざとらしい声を上げた。
「やはりここはインパクト、が大事ですな、社長」
「インパクト、ねえ……」
食後でうとうとしていたのだろう、高橋専務に水を向けられた社長がぱちり、と目を開けるとさも今まで何か考えていたかのように腕を組んで鷹揚に相槌を打つ。
「ああ、うむ、大事だなインパクトは」
社長の返事に、周りの役員たちが一斉に騒ぎ立てる。
「やはり我社の名前が入らないと」
「いやしかし先代の不祥事のせいで企業イメージがな」
「企業イメージは大事だ」
次第に大きくなる喧騒の中、何かを書き付けていた社長がおもむろに手を挙げた。
「我々は地域の流通の急先鋒たりえなくてはならない。それに必要なのは、時代の流れに乗ることである」
社長の言葉に、役員たちは力強くうなずく。
「今や時代はITだ。私たちもIT化しなくてはならない」
社長の演説に、今度はざわつく役員たち。
社長は再び手を挙げて場を静めると、先程書き付けていたものを隣の高橋専務に渡した。
「よって、今回覧する紙に書いた社名を、私は提案したいと思うのだが」
社長が話し続けるなか、紙を見た役員たちが次々と感嘆の声を上げている。
「素晴らしい!」
「これなら顧客倍増ですぞ!」
「さすが社長!」
役員たちが絶賛するのを疑わしげに見ていた如月は、隣から送られてきた紙を手にして口をあんぐりと開けた。
「よし、皆がそこまで絶賛するなら、その名前で決まりとしよう!」
満面の笑みで言い放つ社長に、役員たちは一斉にスタンディングオベーションで応える。
「如月くん、書類への記載、頼むよ」
社長はそう言って立ち上がると、如月の肩をぽん、と叩いてから、役員たちと共に会議室を出ていった。
「……この会社、終わったな」
如月はひとり残された会議室で、紙を見つめながらぽつりとつぶやく。
そこに書かれていたのは、たった一行の殴り書きされた文字だった。
『鈴木商店ドットコム(どっと混む)』
「今さらドットコムかよぉ……」
如月は頭を抱えながら、真剣に転職を考えていた。
(910文字)
『混む(こーむ)』
[動マ五(四)]
1 一つ所に多くの人や物が集まっていっぱいになる。混雑する。また、物事が一度に重なる。「銭湯が―・んでいる」「道路が車で―・む」「日程が―・んでいる」「負けが―・む」
2 (込む)仕組みが複雑に入り組む。精巧である。「手の―・んだ細工」
3 (込む)動詞の連用形に付いて、複合語の形で用いる。
㋐中に入る。「風が吹き―・む」「飛び―・む」「殴り―・む」
㋑中に入れる。「書き―・む」「詰め―・む」「呼び―・む」
㋒ある状態をそのままずっとしつづける。「座り―・む」「黙り―・む」
㋓すっかりその状態になる。「冷え―・む」「老い―・む」
㋔徹底的に事を行う。「教え―・む」「煮―・む」「使い―・んだ万年筆」
[動マ下二]
「こめる」の文語形。[補説]「込」は国字。
(大辞林より引用)
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