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私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション118『末(すーえ)』

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作者駐:『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、コメントいただければ前向きに検討させていただく所存です(←政治家か


私がいつものように開店の支度をしていると、軽やかなドアベルの音とともに、この辺りではついぞ見かけないようなスーツ姿の若い女性が入ってきた。

「申し訳ありませんが、まだ開店前でして──」

私が当たり障りのない言い方で『出ていけ』という意志を見せるが、女性は意にも返さない様子で、無言のまま店の中をじろじろと見回している。

「お客様?」

私の問い掛けに、しかし彼女はこちらを見ようともせず、

「山梨真一さん、ですね」

とだけ返してきた。
突然名前を、しかも数年間ほとんど聞かなかったフルネームを口にされた事で身を固くした私に、

「まったく、こんな場末のバーの雇われバーテンダーをしてるなんてね。捜すのに苦労したわよ」

とぼやきながら、彼女はつかつかとハイヒールの音を立てて近づいてくる。

「失礼ですが、貴女は」

ようやくそれだけ口にすると、彼女は信じられない、と言わんばかりに目を見開いて、すぐに何か納得したようにああ、とつぶやく。

「そうよね、貴方はこの数年、表舞台に上がるどころか、見すらしなかったのですもんね」

彼女はかなりきつい口調で切り捨てると、手に持っていたバッグから名刺を取り出して私に差し出す。そこには超高級ホテルである『ホテル・ライファス』の老舗バー『クリス』の名前と併せて、『バーテンダー 香坂栞』と書かれていた。

「香坂」

私は自分で口にしたその名に身体を震わせる。まさか。

「貴女は」

私が顔を上げると、彼女は左手を腰に当てながら、

「そう。10年前、貴方とともに出場した世界大会で敗れ、そのままイギリスで失踪した香坂昇の娘よ」

と応え、その彼に良く似た目元を吊り上げて、私を睨みつけた。

(682文字)

すえ [末]
①続いているものの先の方。「場末」
②これから先。将来。「末が楽しみだ」
③ある期間の終わり。特に,世の終わり。末世(まっせ)。
④子の中で一番年下。また,その子。
⑤ささいでつまらないこと。「そんなことは末の末の問題だ」
⑥子孫。末裔(まつえい)。後裔(こうえい)
⑦《「…の末」「…した末」の形で》…の揚げ句。…のはて。「大恋愛の末に結婚した」


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