私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション52『起訴(きそ)』
セレクション52『起訴(きそ)』(815文字)
「はい、ではただいまより、……えっと、『かていさいばん』を始めます」
リビングの長いソファーの中央に座っている長女の紗耶香が、その両手で持った一枚の紙を見ながらたどたどしい口調で話し出すのを、彼女の後ろで神妙そうに立っている嫁さんと母さんが、ニヤニヤと笑って見ている。
「あっ、お父……じゃなかった、『ひこくにん』は、『せいしゅく』にねがいますっ」
紗耶香が今だ、と言わんばかりに、木づちを振り下ろす。
もちろんそこには、テーブルを傷付けないよう、親父お手製の木製の鍋敷きがきちんと置いてある。
「『けんじ』、『ひこくにん』の『きそないよう』を読んで下さい」
紗耶香の言葉に、左手の窓際に体育座りしていた次女の真美が勢い良く立ち上がる。
御丁寧によそ行きのスーツっぽい服を着せてる辺りに、嫁さん達のノリノリな様子が手に取るように分かる。
くそう。
「きそじょう。パパは今日のお昼に、わたしたちにかくれてこっそりと『フルーチェ』を作って食べちゃいました。かえってから食べようと思っていたのでゆるせません。死刑です」
死刑かよ。
って言うか、俺は『フルーチェ』食っただけで起訴されたのかよ。
「はい。ではつぎに、『べんごし』さん、『べんご』して下さい」
紗耶香のお澄ましな声に、
「はい」
と右手にある小さなソファーから立ち上がるのは、うちの親父。
「弁護士としては、この案件、弁護の余地がありません」
おいおい親父、あんた敏腕弁護士だったんじゃねえか。
ニヤニヤしてないで何とかしてくれこの状況。
紗耶香は神妙そうに親父に頷くと、背後を振り返り、立っている嫁さんと母さんに小さく頷いてから、三人でキッチンへと立ち去った。
そうか、あの二人は裁判員か。
そうかそうか。
「……なあ、親父」
「なんだ?」
俺の問い掛けに、面倒臭そうにこちらを見る親父。
いやあんた今は俺の弁護士だろうに。
「って言うかさ、『家庭裁判所』って、意味違わないかこれ?」
俺のツッコミに、親父はニンマリと笑った。
(815文字)
『起訴(きーそ)』
[名](スル)
刑事訴訟で、検察官が裁判所に公訴を提起すること。正式な裁判を求める「公判請求」と書面審理による簡易な手続きを求める「略式命令請求(略式起訴)」がある。民事訴訟法では、訴えの提起をいう。
「収賄罪で―される」
(大辞林より引用)
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