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11.ハケハヒゲ

子どもの頃に住んでいた社宅は、家自体はこじんまりしていたけれど、庭が小公園並みにとても広かった。
だから、父がたくさん木を植えていた。
そのため、道路からは家があまり見えなかった。
大人になってその家を引っ越す頃には、 生い茂った木々が著しく、友人知人から『森の中の家』ともいわれていたぐらい。

そんなところに住んでいたので、庭でバーベキューやキャンプもよくしていた。
今みたいに素敵なアウトドアグッズがある訳でなく、子供が運ぶには重すぎるバーベキューコンロ、組み立てに時間がかかるテント、飯盒炊爨は自分で火を熾す。
子どもの頃、私はゴミや枯れ草を燃やす火燃しの手伝いが一番好きだった。

「今日は焼きとうもろこしするから、準備しろ」

そう父に言われて、まずはバーベキューコンロに炭を入れて火を熾す。
今みたいに着火剤なんてのはなかったから、新聞紙を固く捩り、それにマッチやライターで火を点ける。
最初はなかなか点かなくて、結局は大人の手を借りることになるけど、あの頃、周りにいた大人は面倒だったのか、よほどの悪さをしなければ、割と放ったらかしてくれたので、火熾しもいつしかできるようになった。
パチパチ炭が言い出したら、ひたすら団扇で扇ぐ。
扇ぎ方もわからないから、最初テキトーにやっていると、父たち大人から教育的指導がはいる。

「まったく火の熾し方も知らないんかねぇ。こうやるんだよ」

手に持つ団扇を奪われ、父の手早い団扇扇ぎを尊敬の眼差しで見守る、が、結局はそれで火が点くので、子どもはお役御免となる。
そこで、農家をしている親戚の家からもらってきた箱いっぱいのとうもろこしの皮を剥くことになる。
べりべりと皮を剥ぎ、ヒゲもぶちぶちむしっていると、またもや父に呼び止められる。

「ほれ、とうもろこしのヒゲを捨てんじゃねぇ。これは醤油を塗るハケになるんだからとっときな」

そう言って、ヒゲはヒゲでまとめさせて、丸裸のとうもろこしを炭火の上に生のまま並べていく。

「生から焼くんが一番うめぇんだいな。だけど、最近のとうもろこし屋はめんどくさがって、茹でてから焼くからうんまくねんさな。今日はパパがうめぇの作ってやるから、ママに醤油もらってきな。塗りやすいように皿に入れてくるんだぞ」

来客の食事準備をするため、てんてこ舞いしている母のところへ行って、皿に醤油を入れてもらい、父のところへ戻ると香ばしい匂いがしてきた。
生の時はクリーム色っぽい黄色なとうもろこしは、焼けてくると濃い黄色になる。
そこに父がさっき集めておいたとうもろこしのヒゲをわしっと掴み、醤油の皿に浸してから焼けたところへスーッと塗る。
真っ赤な炭の上に垂れた醤油のジュッと勢いある匂いが、煙と一緒に庭中に広がる。

「ほれな、ヒゲはハケにちょうどいんべ。よく覚えときな」

そこからは私と弟が喧嘩の騒ぎで醤油塗りだ。
薄暗くなる頃には、炭火でところどころ香ばしく焦げて、美味しくなったとうもろこしをみんなで頬張った。

焼きとうもろこしは、生から焼く。
刷毛はとうもろこしの髭を使う。

これがあの時、子どもの私が覚えた焼きとうもろこしの極意だけど、あれから一度もやっていない。
蒸すか茹でるかして食べている。
今夏はあれを思い出して、やってみようか…。

父はあの時、伝授してくれた極意を今も覚えているだろうか。

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