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8.スイートポテトとブラックコーヒー

両親の結婚が早かったので、小さい頃はよく結婚式のフラワーガールを仰せつかった。

初めて頼まれた時は、一緒に渡す男の子の家で、たくさん練習させられたけれど、私はさっさと渡して逃げてしまった。
かなりの恥ずかしがり屋だった。

そんなフラワーガールをした新婚家庭に、父と2人でいきなり訪問したことがある。
当時はもちろん携帯電話なんてない。
確か新居がこの辺だ…と見当つけて行った住宅、家の外に家主の車があればいい。

「おっ!いるいる。寄ってくんべ」

父はいつもそんな感じ。
その時もたぶん、そんな感じでお邪魔した。
今思えば、新婚家庭に突撃訪問するんだから、はた迷惑な話である。

「どしたん?今日はパパと2人か?」

そんな声をかけられて、一緒にこたつに入ってみかんを食べる。
いつも会うおじちゃんだけど、奥さんは知らない人だからなんとなく気恥ずかしい。
そのうちに奥さんが、初めて見る黄色くて丸っこいものを出してくれた。

スイートポテトだった。
いつも食べてるふかし芋とか焼き芋とは明らかに違う。
たこ焼きぐらいの大きさで、アルミケースに入っていて小さなケーキのようだ。
そして、とっても美味しい!

また、このおじちゃんちに遊びに来たい!

そう思った、が!

飲み物を口にした瞬間、その思いは見事に崩れる。
番茶だと思って飲んだ飲み物が、苦くてなんともいえず不味かった。

コーヒーだった。

我が家は、普段からほとんどお茶しか飲んでいない。
おそらくこの時、初めてブラックコーヒーを飲んだ。
たぶんこの奥さんは、それまでにあまり子どもと接する機会がなかったんだろう。
小学1年生にブラックコーヒーは、いくらなんでもヘビィだ。

母でもいれば、何かしらの手立てをしてくれただろうが、私が一緒にいるのは父。 
おじちゃんとの話に夢中で、私のSOSになんて気付かない。
だがしかし、ここで「苦い、まずい」と一言でも言えば、「せっかく奥さんに作ってもらったんに!」と私が父に叱られ、場が台無しになるに決まってるのは、幼心でも察した。
だから、私は口の中が苦いまんま、我慢するしかなかった。

私がブラックコーヒーが苦くて大変だったことなんて、きっとこれっぽっちも思ってなかったろう。

そして、私がそのおじちゃんちに遊びに行ったのは、後にも先にもその1回だった。

私は今もコーヒーが苦手である。

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