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10.ファンシーコーナーしか行かなかったことが悔やまれる…

名前は極めて和風なのに、建物の中は魅力的。
そんな本屋さんが地元にあった。
本屋さん自体は広い通りに面した場所にあったので、いつも通りすがりの車窓から「この本屋さんに来たいなぁ」と思っていたけれど、親の庇護の元にある子どもの身。
通りすがったからとて、忙しい親に頼んでプラッと入ることはできない。
遠目に見て…というか、道路の盛り土との差があったからなのか、本屋さんの入り口が少し低くなっていて子どもの目には怪しいトンネルに見えて、その向こうに並ぶ本の群れは、さながら宝の洞窟を連想させる魅力的な憧れの場所だった。

無常にも宝の洞窟の時は、一度も行くことはできず、念願かなって行けたのはその店が改装して新装オープンした後の中学生の時。
同級生から「あそこの本屋、改装してできたファンシーコーナーに睦菜が好きそうなんが売ってるから一緒に行く?」と誘われて、初めてその本屋さんに足を踏み入れることとなった。

改装後は、怪しさなくすっかりきれいになった2階建てというか、黒いスチールのぐるぐる階段を上がるとそこはファンシーの世界だった。
私は本を見たかったけれど、中学生女子の単独行動は小心者には難しい。
そして、目の前には当時大人気だったチェッカーズのフミヤさんをモチーフにしたキャラクターグッズが広がっていて、私の中にとりあえず本屋はまた来ればいいという気持ちが生まれた。
吟味に吟味を重ねてグッズを買い、階段を降りると本の誘惑に駆られたが、「1人残って本を見たい」とは言えず一緒に自転車に乗る。

それから、何度もその店の前を通るたびに、また行こうと思うのだが、どういう訳か、私は一度もその本屋さんに行くことはなかった。
高校生になると、部活でぐったり疲れて帰りが遅くなるので、わざわざ遠回りして帰宅するパワーを持ち合わせておらず、通学路にある書店ばかりに通っていた。
そして、社会人になってもやはり、その店と反対方向の会社に勤めてしまったことと、大型複合書店に毎日のように通い詰めていたので、わざわざ行かねばならないその店に足が向かなかった。

時々、会社の人たちとの飲み会が、その店の近くだったりすることもあったけれど、下っ端だから抜け出すこともできないし、近くのスナックなどに行く時は店の閉店後だったので、なかなかチャンスに恵まれなかった。
ま、いつでも行けるし…と呑気に思っていたら、知らぬうちに閉店してしまった。

今は跡形もない。

なぜあの時、ファンシーコーナーしか行かなかったんだろう…。
今でも本のチェックしなかったことが悔やまれる。

そして、あの黒い階段。
もう一度、あのワクワク感を味わってみたい。

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