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2.空中本棚

小さい頃、とある本屋さんをいつも車窓から眺めていた。
家族で出かけた時に時々立ち寄る父の友人宅が、道を挟んで本屋さんのほぼ向かい側にあったからだ。
昔とはいえ、街の駅前通り。
それなりに車が通っていて、なおかつ信号も歩道橋もない道路を、のこのこ1人で歩いて渡り、未就学児が立ち読みに行く訳にはいかない。
「あの店に行きたい」と親に頼むということもできなかった。

いつか行きたいな…。

そう思いながら、いつも道の向こうを眺めていた。

初めて行けた日がいつなのかは、よく覚えていない。
確かお祭りに連れて行ってもらった帰り道だった気がする。
うちの両親は、お祭りの縁日であれこれたくさん買ってくれることはほぼなかったけれど、帰り道に本屋さんへ連れていってくれることはよくあった。

初めて入ったその本屋さんは、昔ながらの専門書店店舗前でお約束な雑誌やマンガの棚があった。

そして、てっぺんに本の絵が付いていて、くるくる回転する子ども向けの本専用の円筒形の黄色い棚があった。
最近は見かけなくなったけれど、当時、あれより魅惑的なものはなかった。
なにしろ、絵本がたくさん並んでいる上にくるくる回せる楽しさもあったのだから。

店の入り口は、透明ビニールクロスがカーテンみたいにかけてあって、そこもめくって店に入ったことがあったような気もする。
おそらく雨だけでなく、冬場のからっ風による砂埃の防止策だったんだろう。

店内は、うなぎの寝床みたいに奥行きがあって、両端に天井まであるような本棚だった。
そして、真ん中にも仕切るように本棚があって、大人の顔がわかる高さが空いている上に吊り戸棚的な本棚があった。
このように記憶を掘り起こして説明すると、大したことないのだが、子どもの目線…しかも私はさらに標準よりちびっこだったからかなり迫力があった。

入ってすぐの端っこにある子ども向けの本棚が、即、私の居場所になったけれど、昔の建物だからなのか少々仄暗い蛍光灯、店の奥にいるおじさん店主の居住まいが子どもには脅威に感じた。
びっしりと本が入っている両端の本棚はそびえ立つビルみたいな圧迫感があった。
真ん中の吊り戸棚的本棚は、空中に浮いてる不思議な本棚だった。

子どもの本に飽きて店内をぐるぐる見てまわる時、そう広くない店内でも圧迫感のせいか、とても広く感じた。
自分と反対側の通路でマンガを立ち読みしている父の顔が、空中本棚の下に見えた時は安堵感を覚えたものだった。

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