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9.千円札片手に父が飛んできた!

子どもの頃、極々たま〜に隣市のアーケード商店街へ買い物に連れて行ってもらった。
東京の大きくて賑やかな商店街と比べたらこじんまりした場所だったかもしれないけど、そこへ行くことは私にとっては「ハレの日」だった。
その商店街にも、もちろん本屋さんはあった。
「買って攻撃」の出るおもちゃ屋さん前は、なんとなく店の反対側に足を向けさせる両親も、本屋さんには寛容だったので、私は家族の居場所を確認しつつ、先に走って本屋さんへ。
小さな薄暗い本屋さんだったけど、そこで私は神々しい1冊の本に出合う。

昭和の手芸好き小中学生の心を鷲掴みにした大高輝美さんの『コロコロ人形』だ。
当時の定価700円。
小学生の頃、私の1ヶ月の小遣いは500円だったけど、お財布には確か100円玉が7枚入っていると記憶していた。
私はフェルト人形作りを覚え始めたばかり。

「この本が欲しい…」

そう思ったけれど言い出せず、「ほら行くよ」とあとから来た家族に促されてその場を後にした。

そして帰り道。
さっきの本屋さんの前を通って帰ることはわかっていたし、お財布にお金もある。
だけど弟がいる手前、遠慮して「本を買いたい」と両親に直訴なんてできなかった。

そんな私のことを察したのか、父が「睦菜、欲しいものないんか?」と聞いてくれた。

「さっきの本屋さんに売ってた700円の人形の本がほしいから、お小遣いで買っていい?」

思い切って言ったら、自分の小遣いがあるんなら好きに買いなと許可が出たので、私は喜び勇んで行きより増えた人の間をすり抜け、本屋さんへ走った。

「これください」

店のおばさんに言って、本を指差し、ポシェットからお財布を出す。
母が小学生になった時に買ってくれた薄緑の革に女の子の絵が描かれたお気に入り。

しかし、このお財布。
小銭入れなんだけど、小銭が出しにくくてなかなかお金が出てこない。
680円ぐらいまでは出たが、あと20円が出てこない。
焦った私はしゃがんで財布をひっくり返し、地面にお金を広げた。
チャリーンという音と「あれあれ」というおばさんの声と、ほぼ同時に「あ〜あ!」と父の声がした。
振り向くと千円札片手の父が背後にいた。
私のお金が足りなそうだと慌てて来てくれたらしい。
地面に広げて確認した小銭は、自分の予想通り、700円あって、代金は自分で払えたけれど、親としては娘が店先でチャリーンとやってる姿は、いくら子どもとはいえやはり恥ずかしく、さすがに申し訳ないと思ったのだろう。

「悪いですねぇ、娘が世話かけちゃって」

おばさんに詫びた。
すると、おばさんはびっくりしてこう言った。

「な〜に、お兄さんじゃなくてお父さんかい!あたしゃ、てっきりこの子のお兄さんかとおもったよ!ずいぶん若いお父さんだねぇ、ホントかい?」

そう言いながら、袋に入れた本を私に手渡してくれた。

「お兄ちゃんじゃなくてパパだよ」

私も答える。
本屋のおばさんはしきりに「若いお父さんでいいわねぇ」と言い、「また来てね」と見送ってくれた。
父は「お兄さん」と言われて、とても嬉しそうだった。
事が済むまで弟達と待っていた母も、父の報告を聞き、私に驚きつつも嬉しそうに笑っていた。

外から見た薄暗い店内はなんとなく覚えているし、お財布の小銭を地面に出した感触も、父の指に挟まった千円札も覚えているのに、あの本屋さんには、その後一度も行った記憶がない。

そして、大高輝美さんの本も手放してしまったが、仕事依頼があるレベルの人形製作技術として私の身体に刻まれている。

今思えば、あの日のことは、子どもの私にとってベスト5に入るぐらいとても幸せなひとときだった。

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