ミニヨン

<茫漠たる手前勝手なCD名盤ご紹介>#16

大貫妙子さん、オリジナル3枚目、RCA移籍後の初アルバム。『ミニヨン』(Mignonne)1978年発売。

前回ご紹介したウエストコーストの歌姫、ニコレッタ・ラーソンがデヴューした1978年前後、アメリカではAOR~ウエストコースト大流行りでヴァレリー・カーターやカーラ・ボノフらの女性ヴォーカル・シンガーソングライターがヒット作を次々と発表していた。

 同時期に日本ではター坊(大貫妙子さんの愛称)が自身三枚目となる移籍第一弾のこのソロアルバムを、いろんな思いのもと、制作しリリースした。

近年、僕が再購入した2006年のリマスター再発盤には、ご本人によるもはや愚痴にも近いライナーノーツが書かれている。

制作前に移籍契約の調印式などが執り行われ、その席でレコード会社の社長に「ひとつ・・売れるものをお願いしますよ」と言われ、天敵とも言える音楽評論家をプロデューサーに立てられ、メロや歌詞の直しをとことんやらされた制作環境は過酷だったのかも知れない・・。

 期待値の高い移籍というハードルがあったとは言え、業界のシステムの理不尽さや葛藤を含め、ライナーノーツはその時の忸怩たる思いが溢れる文章となっているのだ。その一節に・・。

「売れるということは、商売の神様に自分の何かを生け贄として捧げるようなものだという思いは、今も変わっていません。」

当時わりと近くにいて何度かお会いしている時の、諦観した彼女の表情が蘇ってくる。つまりそういう時代だった。

しかし、僕にとっては『ミニヨン』を初めて聴いたときの衝撃は、ある種の安堵感と共に鮮烈な記憶となっている。

その頃洋楽一辺倒だった僕は、英語の歌詞などは、ほぼフレーズとしか捉えておらず、内容を読み解く事などせず、メロとサウンドに夢中だった。

そんな中、当時たぶんサンプル盤で頂いたであろう本作の一曲目「じゃじゃ馬娘」(同発シングル)、二曲目「横顔」と聴き進むうちに、ター坊の華奢でそれでいて芯のある歌声で伝わる『歌詞』そのものが不思議な暖かみとなって、心の中になだれ込んで来たのだ。

女性の内面を、大人になる事を、人である事の意味を、そして「愛」を、ここまであからさまに感じる歌詞が存在して良いのかと・・。

二十歳そこそこであった僕は、こんな感覚になったのは本当に初めてで、頭がくらくらした。

ご本人が今でもライブで取り上げ、数多くのカヴァーが存在する”突然の贈り物”や”横顔”という超名曲はもとより、ユーミン的なPOPさを持ちあわせた”海と少年”、その他冒険作とも言える教授アレンジの”4:00A.M”など名作名演が揃っており、ご自身がどう思われていようと、たとえ本音の歌詞で無かろうと、僕にとっては大貫妙子の原点となるアルバムがこの『ミニヨン』なのである。

さらに個人的にはアルバム最後の曲、”あこがれ”が歌詞と相まって、もう素敵すぎて、切なすぎて、いつも泣きそうになるので本気で聴くときは深夜のみ笑。

この”あこがれ”のドラマティックなギターソロは高中正義で、当時引っ張りだこの名うてギタリストであった彼を、目玉の一つとしてどなたかの判断でスタジオに呼んだのかも知れない。

それは見事に大当たりで、メロと歌詞から繋がるいわゆるサンタナ的「泣きギター」の間奏と、彼のベストテイクプレイの一つであろうエンディングのソロは凄すぎて、素晴らし過ぎて、何時聞いても震えが来る。特にフェイドアウト直前あたり・・。このソロが聴きたくて買い直したと言っても過言ではない。

 とはいえこのアルバムをリリース後、期待にそぐわず「売れる」事がかなわなかったショックからか、新たな境地で新作に取りかかるまで制作チームとター坊はその後、二年の歳月を必要とする。

しかし、70年代最後の作品として大貫妙子の金字塔となった『ミニヨン』はご本人がけして納得出来なかったにせよ、まぎれもないター坊の「青春の1ページ」となる大傑作だと思う。

*『ミニヨン』バックジャケット。

その後、大貫妙子「ヨーロッパ三部作」と言われるセールス的に成功したアルバムをプロデュースした牧村憲一さんは、当時レコード会社からのプレッシャーを受け、最近の著書でこう書かれている。

「『ミニヨン』では僕はあくまでサポートという意識でした。ですが、後が無くなったことで、ずいぶん自信過剰のようですが、「作るだけではなく売ってみせる」と決意したのです。」

牧村さんはこの『ミニヨン』ではデイレクションクレジットになっている。これは推測だが、売れ筋を狙った当時流行りのアメリカ的志向から、ヨーロッパ路線を向く方向転換には必要な一枚だったとお考えではないだろうか?・・。

さらに、このアルバムの収録楽曲をカヴァーするミュージシャンは数多い。

EPO - 「横顔」(アルバム『POP TRACKS』収録)

大橋トリオ - 「突然の贈りもの」(アルバム『FAKE BOOK』収録)

大村憲司 - 「突然の贈りもの」(アルバム『Leaving Home best live tracks Ⅱ』収録。大貫も参加。)

奥田民生 - 「突然の贈りもの」(アルバム『大貫妙子トリビュートアルバム』収録)

竹内まりや - 「突然の贈りもの」(アルバム『BEGINNING』収録)

徳丸純子 - 「横顔」(アルバム『青のないパレット』収録)

NapsaQ - 「突然の贈りもの」(アルバム『青春ソングリクエスト』収録)

Bank Band - 「突然の贈りもの」(アルバム『沿志奏逢』収録)

槇原敬之 - 「海と少年」(アルバム『Listen To The Music』収録)

森丘祥子 - 「突然の贈りもの」(アルバム『夢で逢えたら』収録)

矢野顕子 - 「横顔」(アルバム『SUPER FOLK SONG』収録)「突然の贈りもの」(アルバム『Piano Nightly』収録)「海と少年」(アルバム『峠のわが家』収録)

・・・wikipedia ミニヨンより

 どうであれ、これらのカヴァー作品群は、僕には『ミニヨン』が時代の狭間に存在する忘れがたき名盤である事の「証」ではないかと、強く感じている。

この稿おわり。

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