ふと気がつくと、武から連絡が来ていた。彼は同郷の友人で、いわゆる幼なじみというやつである。今では付き合いはほとんどないが、こうして急にメールが来たところで別段驚くことはない。 今度、皆で旅行にでも行かないか。 そう誘ってきた彼は、昔の彼のままであった。なじみの友人三人と過ごす三十路の夏盛り――その何とも言えない響きに、光一郎は少しむずむずした。 当時から何かを始めるのはいつも彼であった。 「カラオケに行こう」「喫茶店に寄ろう」「ちょっと遠出してみよう」 そ
今ではもうなくなってしまいましたがね。ほんの百年ほど前までは、山の中には「山人」という人達がまだ残っていたんです。 山人は読んで字のごとく、山の人という意味です。昔は山は神聖な場所でね、限られた人しか立ち入れない場所が多かったんですよ。たとえば猟師とか、木こりとか、そういう山の仕事をする人たちですね。 その人達も山と町とをいちいち行き来するには大変ですから、山の中に拠点を作ったんですよ。それで、彼らの世界も助け合いですからね、近いところに拠点がいくつかできて、嫁をもら
誰にも言っちゃいけないとずっと自分に言い聞かせてきたのですが、どうもそろそろ限界のようです。僕の精神のためにも、ちょっと聞いてください。 十年前のことです。 中学生だった僕は、繁華街へ流れる友人達を尻目に一人で美術館に行きました。焦げるような炎天下を彷徨うより、涼しい館内でつまらない展示物を冷やかすほうが得策だと思ったのです。 それで、僕は修学旅行の思い出をこのそっけない美術館で締めることにしました。 館内に入ると、冷たく乾いた風が僕の体を通りぬけていきました。