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21/07/17|亀足でも英語力を向上させる

今日ふと地味に感動したことが。

たいてい海外映画祭などとの英語のメールのやりとりは、読み間違いがないように、全文をざっとGoogle翻訳したのちに元の英文もしっかり読むスタイルで二重に読解していたのですが、今日はGoogle翻訳の日本語を読む方がなんだか煩わしいな…、と感じました。映画祭のやりとりで使われる英文・単語に慣れてきたからというのもあると思いますが、「英文を読む方がスムーズだ」と感じられるようになったのは、大きな進歩です。他ジャンルの英文だとまだそこまでは到達してないですが、でもシンプルに嬉しい成長ですね。

一応ほぼ毎日オンライン英会話を受けつつ、アプリで超亀足で語彙力を伸ばしつつ、映画祭の方との英語のやりとりで地道に鍛えてきているところでした。が、それも進度が本当にのろまだったので、あまり「勉強の効果」みたいなものを具体的に感じる場面にはこれまで出くわさなかったのですが、ここに来てようやく「手応え」なるものを感じ始めた気がします。千里の道も一歩から、ローマは一日にして成らず。本当だったんですね。

思えば、そもそも私は英語が嫌いでした。学校の科目の中で英語が一番苦手だったし、もちろん成績は英語が一番低かった。受験の偏差値も足を引っ張るのはいつも英語

でも、大学卒業時に参加したゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、海外の監督・クリエイターたちと出会ったことが「やっぱり英語やらなきゃ」のブースターになりました。あの時は本当に、Yes or Noしか言えなくて、コミュニケーションと呼べるものは成り立っていなかった。それ以降、なんとなく常々「英語をちゃんと使えるようになりたい」という気持ちだけはずっと持っていて、一時通学式の英会話に通ってみたり、耳をもっと慣らしたいからと毎日通勤時にNHKラジオの英語を聴きまくったりしていました。

そうして、学校で習っていた以外の方法で英語に触れ初めて気付いたのが「学校でやっていた通りの英語を使わなくてもコミュニケーションは取れる!」という衝撃の事実、笑。
なんか勝手に、ああいう英語が使えないと、コミュニケーションは取れないと思いこんでいたんですよね。

学校の英語は、点数というものが全て良し悪しを決めてしまうので、「こうでなければならない」という正しさが全ての世界だったんですよね。でも実際、人間同士のコミュニケーションには正解がない。ベターな言い方・伝え方はもちろんありますが、それだって「教科書通りじゃなきゃいけない」なんてことはありません。むしろ教科書通りにコミュニケーション取る人間がいたら気持ち悪い…。

そのことに気付いてから、ぐんと前向きに英語と向き合えるようになりました。

心がオープンになると、不思議と耳や目もそこに向いてくるというか、きちんと理解できる訳でなくても「聞けているような気がしてくる」んです。で、ただ音を聞いているだけのまだ内容理解が半ばくらいの状態から、さらに語彙に慣れてくると、いつの間にか本当に内容理解もできるようになってくる。

最近は、アメリカのニュースラジオを通勤時に聞いていて、まだ50%くらいしか理解できないんですが、それでも時々、要旨ならばほぼ100%理解出来るようなことも起こり始めています。最近だと、米国の民間人での宇宙船飛行テストが成功して、1時間だけだけど民間人が宇宙空間を体験したというニュース、各地で凄まじい勢いで広がってしまっている山火事のニュースなどは、要旨レベルでですがほぼ理解が追いつきました。

ニュースキャスターさんの英語はとっても明瞭で聞き取りやすいので、そのお陰もあるとは思います。

今、英語力に関して一番心配している事案はと言えば、今日『12ヶ月のカイ』のGIG TALKでも話した通り「映画祭で英語でQ&Aが出来るのか」という部分。話すのは、読む・聴くよりもハードルが高い。し、Q&Aのチャンスは1回しかないので、そこでどれだけの結果を残せるのか…

心配するよりも、さっさとアンサーをライティングで準備しなよ、って感じですね。ごもっとも。

日本語でもQ&Aが難しそうなカイ、果たして英語できちんと答えられるのか…

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