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賛否両論の漢達

「守備固めしたのになんでマーク外してんだよ。攻め手なくて延長戦どうするんだよ…」
このチームが大一番で勝てないのは何度も見てきた。敵陣にいる片野坂監督には広島やガンバのコーチ時代に何度も悔しい思いをさせられている。準決勝では川崎相手に大逆転劇を演じてノリに乗っているチーム。流れは完全に大分に傾きかけていた。しかしまだ試合は終わっていない。再び顔を上げて手拍子を続ける。

途中投入された大久保が粘ってCKを得る。相手DFのクリアを誰かが左足ボレーで振り抜いてゴールネットが揺れた。ボレーシュートを打った選手ではない誰かがユニフォームを脱いで物凄い勢いでゴール裏に走ってくる。その腕には黄色いキャプテンマークがあった。
「!!!槙野!?お前頭でコース変えてたのかよ…」

2011年、浦和レッズは残留争いに巻き込まれて厳しいシーズンを終えた。この年に広島を退任したミハイロ・ペトロヴィッチが新しい監督に就任する事が発表された後、思わぬ選手の名が補強リストに上がってきた。「槙野智章」

浦和サポーターは硬派な方が多いので、チャラついたイメージの槙野に対する反発は大きかったと記憶している。自分もその一人だった。
最初に取った行動は勝利後にサポーターが歌うWe are Diamondsをピッチ上で選手が肩を組んで歌うというものだった。当たり前のように反発もありました。今でも個人的には優勝した時限定にしてプレミアム感があった方がいいと思っています笑

ミシャの戦術浸透、そしてチルドレンの柏木陽介やこの年に復帰したキャプテン阿部勇樹の活躍もあり、最終節に他力本願ながらACL出場権が取れる3位の可能性を残していた。1点リードして向かえた後半、30m以上はあるFKを槙野が右足一閃。ポストに当たったボールはゴールに吸い込まれた。試合は2-0で勝利。「浦和レッズはAFCチャンピオンズリーグ2013の出場権を獲得しました」のアナウンスが流れた瞬間、スタンドは爆発し赤き血のイレブンがこだました。興奮した槙野はまだケルンとの交渉中だったにも関わらず来季の浦和残留を高らかに宣言し、後に当時の強化担当から怒られたそうだ。

良好な関係で始まった浦和サポと槙野との関係はここから徐々にこじれていったように思う。パフォーマンスはするけど肝心の結果がなかなかついてこない。阿部勇樹や興梠慎三のような不言実行タイプは好かれやすいが、俗に言う広島組の代表格である槙野への風当たりは個人チャントを歌われなくなる等厳しさを増していった。

数多くの戴冠のチャンスを逃しているうちに時は流れ、ミシャは浦和を去り、当時の中心選手が一人また一人と浦和を去って行くようになった。2021年にリカルド・ロドリゲスが監督に就任し槙野は岩波拓也と共にCBで不動の存在だった。アレクサンダー・ショルツが来るまでは。
槙野の浦和でのプレーで特に印象に残っているのはACLでフッキを完封したように、1vs1で相手FWを抑え込んでいた事だ。恐らくこの能力に関してはまだまだトップレベルであるのは間違いない。しかしながらビルドアップやラインコントロールではショルツの方が確実に上回っていると見ていて確信した。そしてそれはリカルドが求めているDFの能力でもあった。これを境に槙野はベンチスタートになる事が多くなっていった。

9月のルヴァンカップ準々決勝は3月の埼スタで0-5と完膚無きまでに叩きのめされた川崎フロンターレとの対戦だった。ホームの1stレグは1-1の引き分けながら対等に渡り合うことができた。そして2ndレグのアウェイ等々力。江坂任のゴールで先制するも同点に追いつかれ、CKから2発被弾し敗退濃厚に追い込まれた浦和は槙野を投入した。明らかにFWとしての起用だ。キャスパー・ユンカーのゴールであと1点取ればアウェイゴール数で上回れる浦和は後半ATにCKのチャンスを得る。江坂の蹴ったボールをショルツが折り返してユンカーのヘッド。相手GKがはじいたボールにいち早く反応したのは槙野だった。この劇的なゴールで川崎を敗退に追い込んだ浦和であったが、準決勝でセレッソ大阪に敗れてしまった。

11月に入り浦和で一時代を築いた阿部勇樹の引退、そして盟友宇賀神友弥と共に槙野の今季限りの退団が発表された。残されたタイトルは天皇杯ただ一つ。
「阿部ちゃんに優勝カップを」
浦和サポーターの気持ちは一つにまとまった。ただそれ以上に宇賀神と槙野はその気持ちを持っていたのだろう。浦和サポーターは残された2試合でこの男達の生き様を見せつけられる事になった。

「天皇杯男」
浦和サポーターは2018年の天皇杯決勝の宇賀神のゴールを忘れることはない。「最後の埼スタでゴールしたらかっこいいな、でも出番ないかもな」そんな淡い期待はいい方に裏切られる事となった。スタメンで起用された宇賀神は明本考浩から折り返されたボールを綺麗な弾道でゴールへ叩き込んだ。あの時の再現と言わんばかりに。

宇賀神は浦和ユースからトップに昇格できず流通経済大学を経て浦和に加入した。宇賀神の個性は反骨心の固まり。その感情がストレートすぎる故にサポーターと対立する事も何度かあった。最後のゴールも自分を契約満了にした事を見返してやりたいという気持ちによって生まれたものだろう。そしてこれを見たお祭り男が決勝でゴールを決めたのは偶然ではなく必然だったのかもしれない…


場内アナウンスで槙野のゴールと分かった瞬間、過去8回優勝しても一度たりとも涙を流してこなかった自分の感情が抑えられなくなった。そして迎えた歓喜の、そして歴戦の勇者たちとの別れを告げるホイッスルが国立競技場に響いた。

9年前に最後にACL出場権を獲得したのも、ルヴァンカップで劇的なゴールを決めたのも、逃げ切る寸前で同点に追いつかれた事さえも、その全てがこのドラマのエンディングのために用意されていたかと思うほど、槙野のゴールは美しく鮮やかに、しかし少しの憂いと悲しみも見えたように感じた。

最後にまばゆいばかりの輝きを見せてくれた槙野と宇賀神には感謝しかない。二人や阿部ちゃんが残してくれた有形無形の財産を後輩たちが引き継ぎ栄光を掴み取ること。それが彼らに対する最大級の敬意だと思う。

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