天国と地獄

 二つの陣営に分かれて、殺し合う。彼らはずっと叫んでいる。笑い声や泣き声も時々聞こえる。女が着ているものを破かれて、犯されている。後ろから別の男が近づいてきて、犯している男の首を一閃する。手練れだ。犯されていた女の手を取ろうとしたが、女は怯えて逃げていく。男はすぐに振り返って、自分に切りかかってくる別の兵士と剣を交えた。その瞬間、先ほど逃げたはずの女の方から、バン、という音が響いた。銃だ。己を助けた男を撃ったのだ。力なく、剣の達人は地に伏す。
「ここはひどい場所だな」
「私はゲームみたいだと思いましたが」
「ゲーム……戦争のゲームは、地獄出身者が作ったのかもな」
「ゲームに問わず、現世の戦争はかつて地獄で過ごしていた人たちの本能的なアレなのかもしれませんね」
「だとしたら……」
「私たちも、忘れているだけで、あの中で楽しく戦っていたことがあったのかもしれません」
「あまり考えたくないな。特に、君があの女みたいに犯されたり、助けてくれた男を殺したりしたかもしれない、ということは」
「いやいや。戦争をやってた時の私が女とはかぎりませんよ?」
「君が男として生きている姿も想像したくない」
「そんなに女としての私が好きなんですか?」
「いや? ただでさえ気の強い君が男になったら、俺は君と対等でいられなくなるんじゃないかと思って」
「本気で言ってます? それ。こんなところまで一緒について来てくれる人が?」
「正直、一刻も早く立ち去りたいよ」
「しょうがないですね。じゃ、現世に帰りますか」
「あぁ」

 この世界と繋がっている別の世界を旅する方法を私は個人的に見つけた。別の誰かを連れていく方法も、見つけた。
 それは知識や儀式の類ではなくて、一種の技術であるから、長い時間をかけて訓練しないと身に着けられないものだ。もちろん、何らかのノウハウみたいなものを知識として蓄積していけば、一般化することも不可能ではないかもしれないが……まぁ私が、そんなめんどくさいことをする理由はない。これは、私と私の友達専用の、ちょっとした自家用ジェットみたいなものなのだ。

「だけど、地獄ってのは何というか……意外と現実的というか、意味もなく鬼たちに苦しめられ続ける、みたいな場所ではないんだな」
「そうですねー。何というか、地獄っていうのはだいたい皆がそれぞれの意思で苦しんでいる、というか、楽しみながら苦しんでいる、というのが正しいみたいです。あの犯されてた女の人だって、犯されてる自分の感情に浸っていたわけですし、何というか……まぁ業が深いってことなんでしょうね。ずっとあぁしていたいから、あそこにいるんですよ」
「舌を抜かれたりしてる連中が、舌を抜かれたがっているようには見えなかったが」
「あの人らは多分、かつて何かまずいことを口にしたことを後悔していて、もし何もしゃべることができなくなれば、同じ罪を二度と犯すことはないだろうということで、安心できるかもしれない、と心の底のどこかで思ってるんですよ。ほんのちょっとでも、それを思うと、ひとつの想像として、そのような地獄が現実化するんです。あ、あと、他人に『こうなってほしい』『このような罰が下ってほしい』と願った場合も同じですよ。その対象もそうなりますし、同時に、願った自分自身も同じ目に遭います。まぁ精神的な想いや願いっていうのは、常に呪いとして機能を果たしている、というわけですね」
「時々君のそういう冷静の分析が怖くなるよ。僕だって、僕の知らないところでどんなひどい目に遭わされているか……」
「でもどっちかっていうと、天国の方が気分悪くないですか?」
「うーん。思ったよりも、つまらなそうだなぁとは思った」
「ゆらゆら揺れてる蓮の花眺めて『綺麗ですなぁ』『そうですなぁ』だからね。うーん。しょうもない」
「人生苦労ばかりだった人は、そういうところで療養したくなるのかもなぁとは思うけど、俺はそれほどだからなぁ」
「時々でいいですよね。天国ってのは」

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