演技【ショートショート】


「え、マジで女の子だったんだ。普通に、どんな化け物が出てくるんだろうって覚悟してたのに」
 開口一番、そんな言葉が飛んできて、私は思わず笑ってしまう。
「つまんなくてすいません」
「えー……普通にかわいい女の子じゃん。えー……こんな子が、あれを? いやぁ世界って広いなぁ」
 ぺこぺこしても仕方ないので、私はちょっと視線を逸らす。空を見上げて、面白い形の雲を探す。
「まぁでも、不思議ちゃんでは、あるのかな?」
「あんまり不思議ちゃんって言われたことはないですけどね。天然とも言われたこと、あんまりないです」
「そういうタイプではないよね。なんかしっかりしてるっぽいし。逆に、なんて言われること多いの?」
「変態、とか?」
 その人は吹き出して、そのつばが私の顔にかかる。ハンカチで拭きたい衝動にかられたが、抑える。抑えて、半笑い。
「変態ってwww変態! 変態、かぁwwwそっかぁwww」
「自分では、別にそうでもないって思ってるんですが」
「まぁ普通の人からしたら、そう見えちゃうのかもね。いやぁ、面白い子だなぁとは思うけど。ほんと面白いよ」
 面白さって何でしょう、と問いたくなったけど、それを言えば空気が止まる。目を逸らして、少し顔を横に向けて、眉を持ち上げて、きゅっと口角を開けて、表情を和らげる。こういう仕草は、人にはどう映るんだろう? まぁどうでもいいことだ。
「どうして今変顔したの?」
「変顔してました?」
「顔くちゅってしてたじゃん」
「あぁ。ちょっと凝ってたんで」
「何それwwwほんと面白いねwww」
 この人はきっとどんなことでも笑う人なんだろうな、と思った。


 自分が人からどう思われているか、だいたいは理解している。というか……私は人並み以上に、人からどう思われるかを気にしている。気にしたうえで、気にしないようにしている。それに、自分の行動や態度を動かされないように気を付けている。めんどくさい性格だと思う。気にしたなら、通常は、変に思われないように「普通」を演じると思う。そういうのが嫌な人は、そもそも最初から気にしないように心がけると思う。気にしたうえで、理解したうえで、そこから外れたままでいるというのは、意味もなく疲れる。疲れるけれど、そのようにしか生きてこなかったから、今更他の……他のメンタルセット? みたいなもので生きることができない。
 時々、女優のような職業に憧れることがある。自分じゃない何かを演じている時は、きっと私は、生き生きとしていられるような気がしたから。でも誰かが言ったあの言葉を思い出して、やめる。
「俳優は時々下手な詩人になりたがり、詩人は時々下手な俳優になりたがる」
 全くもってその通りだと思った。私が何かを演じたって、私はその中で生きることはできない。私ができるのは、誰かのつもりになって行動することや態度に表すことではなくて、その人の心の中に入って、虚構を産み出すことだけ。その時だけは、生き生きとしていられる。
 私は私に対する偏見にすぐ飽きてしまうから、他の人間の心の中に入って、架空の世界を冒険していたいのだ。自分じゃない誰かを描いて、その人間として、世界を歩いていたい。この現実の世界よりも解像度が低く、広がりのない世界だとしても、そこに立っているのが私ではないということが、私を楽しませ、安心させるのだ。


「でも睦月さん。なんで私を会おうと思ったの? 普通に断られると思ってお願いしたんだけど」
「暇だったんで。ほら、私、ニートですから」
「ニート、ねぇ。私は普通にいいと思うけどなぁ」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、今まで頑張ってきたんでしょ? ゆっくり休んだっていいじゃん」
「その話は、やめておきましょう。私から言い始めちゃったんで、申し訳ないですけど」
「あ、ごめんね。わざわざ突っ込んじゃって」
「いえいえ」
 結局現実はそういう風になる。私は自分の話をしている時より、相手の話を聞いている方が楽だ。自分の発言に気を配ることの総量が減るからだ。
「逆に、明石さんはなんで私に会ってみたいと思ったんですか?」
「私、気になった人にはとりあえず声かけてみることにしてるんだよね。そのなんていうか、文章の感じと、実際に会った時の印象? の違いみたいなのを見るのが好きで」
「やっぱり、全然違うものですか?」
「全然違うねぇ。まんま、っていう人も時々はいるけど、だいたいは違う。めっちゃきっちりしてよどみない文章を書く人が、めっちゃ吃音ひどかったりとか、どっちかっていうとチャラチャラした文章書く人が、めっちゃ丁寧な態度だったりとか。ほんとに面白いと思う」
「明石さんは、そのまんまって感じですよね」
「うん。意識してそうしてる。やっぱり会った時『何この人』みたいに思われるのが嫌でさ。だから、最初からこういう自分見せておきたいんだ。どういう場でも」
「その方が楽でしょうね」
「でも、睦月さんはなんていうか、不思議な感じだなぁって思う。コメント欄とか見てて思うけど、なんかすごく……多面的というか、色んな面があるよね。きっと今私と接しているこの子も、しょせんはこの子の手札の一枚に過ぎなくて……って今私失礼かもしれないけど、思ってる」
「鋭い意見だと思います。というか……実は本質的に、皆自分自身のことを理解していないだけで、そうなんじゃないかと思って。人と接するときは、何枚もある手札の中の一枚を選んで見せるみたいな感じで人と付き合っているんじゃないかと思って……」
「私はそうは思わないけどね。私は最初にもう全部出しちゃってるから。中身ないとか言わないでよ? これでも私、結構苦労してきてるんだから」
 どう返せばいいか分からないときは、目を一瞬だけ合わせて、微笑む。話はちゃんと聞いていることをサインで示したうえで、返す言葉がないことを言葉ではなく、態度で伝える。
「睦月さんは、沈黙の使い方上手だよね」
「そうですかね」
「うん。なんか『この人何を考えているんだろう』って人に思わせる態度が、上手。気を惹くのが上手。私逆に、勝手になんでも喋っちゃうから、あんまり興味持ってもらえないことが多くてさ、だからモテないのかなぁとか思って」
「モテないってことはないんじゃないですか」
「んー。学生時代は結構モテたけど、社会人になってからは全然でさ」
「私もきっとそうですよ」
「いや、それは違うね。私の経験則に従うと、睦月さんみたいな子は、大人になるとそれまで以上に色んな男の人から好かれるんだよ。ミステリアスで、知識も深くて、自分勝手に見えるけど、実は結構献身的で」
「それは勘違いだと思いますけどね」
「いやどうだろうね。今だって、私のくだらない話に献身的に付き合ってくれてるし」
「結構楽しんでますよ、私」
「いやぁ。どこからどこまで演技か分からないからなぁ」
「うーん」
 演技。演技、か。私はただ隠蔽しているだけで、決して何かを偽っているわけではないのだけれど。ただ、余計なことは言わないようにしているだけなのだけれど。
「こういう会話も、文章にするの?」
「してほしいですか?」
「ちょっと、気になるかなぁ。どんな風になるんだろうって」
「なら、やってみますよ。気を悪くさせなければいいんですが」
「いやいや。全然全然。ほら、分かるでしょ? 私って、思ったこと全部言っちゃうから、相手の人も私には当たり強くなるっていうか、いろいろ言われるのには慣れてるんだよ。だから、全然、もう好きに書いてもらって大丈夫。『内心ではうざいと思ってた』とか『強烈過ぎてついていけなかった』とか、何書いてもいいよ?」
「分かりました。でも多分、私、初対面の人と接するときあんまり深いこと考えず、習慣や規則に従ってるだけなんで、そんな面白くないと思いますよ」
「まぁまぁ。それは見てから判断するからさ」
「分かりました」


 つまらない文章だ、と思う。私は文章を書くのが早いから、ジャーナリズムみたいなやつ、向いているかもしれないと前に一瞬だけ思ったけど……そんなことはないと思う。ジャーナリズムは「真実をありのままに」と言いつつ、結局は客商売だから、事実の中からできるだけ面白い箇所や重要な箇所だけ抜き出して、それ以外をなかったことにしなくてはいけない。そうでないと、読む人がいなくなってしまうから、結局のところ「面白さ>真実性」になってしまう。私は、そもそもあまり面白くない人間だし、面白さにこだわらない人間でもあるから、そういうのは向いていない。あったことを、そのままに書き過ぎてしまう。いやもちろん……私が覚えている範囲で、だけれど。

 結局あの人と会って話した時間はもっと長かったし、いろいろと広汎な範囲で話を進めた。でもそのほとんどは忘れてしまった。というか、覚えておこうと思えなかった。最初の部分だけを記憶にとどめ、あとは流しで会話をした。平凡だった。いつも通り、相手にペースを合わせつつ、自分自身の範囲から外れることのないように……みたいな。

 これを読んであの人はどう思うのだろうか。やはりつまらないと思うのだろうか。それとも、あの明るい声で「やっぱり睦月さんは面白い子だよ!」と笑うのだろうか。「やられた!」とか「すごい!」とか、よく分からない馬鹿みたいな感想を抱くのだろうか。「馬鹿扱いされてちょっと腹立ったけど、それ以外は面白かったよ」と落ち着いて感想をくれるのだろうか。
 このように、先手を取ろうとする私のことをどう思うのだろうか。私は今回、人に甘えている。多少のことは許してもらえるからと、言質を取ったからと、失礼なことを言っている。

 心というのはめんどくさいものだ。美しいこともあるけれど、今回の一件に関しては、私はあまり自分の心を好ましいものだとは思えなかった。なんだか……こんなことを言うと「申し訳ない」という気持ちにさせてしまいそうで不安になるのだが。

 やはり、伝えない方がいいこともあるのではないかと思う。黙って微笑むしかないことも、あるのではないかと思う。
 「そうかもしれない」と言われるのか。それとも「難しいよねぇ」で済ませてしまうのか。「やっぱり変な子だ」で済めば、それが一番私にとって楽だと思うけれど、楽なことが一番価値のあることかと言われたら、そういうわけでもない。
 混乱させてしまっているだろうか。疲れさせてしまっているだろうか。

 どうだっていい。本音を言えば、どうしようもない本音を言えば、私はどうでもいいと思っているのだ。それだけは、確かなのだ。
 いつだって私の中で優先されるのは私自身であり、他の人のことはおまけに過ぎない。時々自分のそういうところが嫌になるけれど、それは治しようのないことだ。

※フィクションです

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