閉塞的人間

 もう何も聞きたくない。誰とも関わらないでいたい。

 自分の世界だけで十分だ。他の人の言うことなんて知らないし、僕とは関係のないことだ。


 他者が見せてくれる世界は、どれもこれも穢れていた。自分の楽しみのために、他者の幸せを汚したり、あえて滑稽さを演じて見せたり。
 そのくせ、自分は何も悪くありません、というような、何の呵責もない顔をして生きている。
 私はいたって健康でまっとうです、というような、綺麗な肌をしている。

 そいつらの言う言葉は、いつも同じだった。同じだったからこそ、僕は苦しんだ。もっと美しいものや複雑なもの、僕に理解できないものを僕に教えてくれたらよかったのに、彼らが教えてくれたことは「人間とはこういうものである」とか「お前はこのようであるべきだ」とか、そういう、理解するのは簡単だけど、賛成したり従ったりするのは異様に難しい、奇妙なものだった。
 僕は彼らと共に生きていくのが嫌だった。だから、自己の内部に引きこもって、ただ自分自身と、書物の中の人々との関わりの中だけで生きることにした。


 そうすると、世界は再び清潔になった。この世界では、ひとりぼっちで生きているときだけ、吐き気を感じずに済む。寂しくて健康的な方が、にぎやかで病的であるよりずっとましだ。



吐き気に蝕まれて
何が健康で何が病気か分からなくなった

人間は醜い 彼らのようになりたくはなかった

テレビが嫌いだった インターネットが嫌いだった スマートフォンが嫌いだった

でもそれらのない生活を送っている人など この時代にはほとんどいない

いたとしても……言葉が通じるかどうか定かではない

なんて皆が思って生活している それが気持ち悪い

この時代に限った話ではない ただ 大多数が自分たちこそが正解なのだと叫んでいる時代はいつでも不愉快だった

信じるべき指標に皆が従っている世界ですら 必ず腐敗は蔓延る

離れて生きよ 隠れて生きよ 己の中に引きこもれ そうしている間だけ お前は許された存在でいられる

古の賢者たちはそう忠告する 私もそう思う


人は私たちを誤解する

でも彼らは彼ら自身をも誤解している

何もかもが悪趣味で 私たちと共に喜ぶことなど夢のまた夢

彼らにはいつも繊細さが欠けていた


たくさんの暗闇を超えて

その洞穴を抜けた先は 静かな平和だった 孤独な平和

何もない 誰の声も聞こえない あるのは己のみ

そこでは 私が見たいものを見る必要がなかった

見たくないものを見ない必要もなかった

全てがそこにあるべきだと思えた

彼らのいない世界は 美しかった

永遠の安息所だった

僕は僕であるだけでよかった もしこの世界が こんなにも汚れていなかったのならば


生まれる場所と時代を間違えたから 死のうとする

でもそれは弱さだ


僕たちは 僕たちが生きやすいように 場所と時代を作らなくてはならない

ついでに彼らを暗殺するのも悪くない

彼らが生きていけないような世界 あるいは 彼らが生まれてくることすらないような世界を 僕たちは作りたい

それができないなら せめて 隔離してしまおう

もし彼らが大多数なら 僕たちは僕たちを隔離しよう

自分たちに「異常」という名前をつけて 彼らから恐れられ 触られないような場所に皆で逃げ込もう


僕たちはもう 共存できないほどに 傷つき過ぎてしまった

僕たちは自分にできる最大限の努力を払って歩み寄ったのに 彼らは一歩も動こうとしなかった

彼らは永遠の自己肯定の中で 他を否定している

彼らには疑う能力がなかった 意見を撤回する能力がなかった

だから僕たちとは 分かり合えないのだ


静かに 静かに 

静かに 変えていこう

音もなく 誰も殺さず 気づかれないように 僕たちの世界を作ろう


僕自身にその力はないから 

どうか力を持った我が同類よ

世界をもっと美してくれ

僕たちの空気をもっと綺麗にしてくれ

彼らから 彼らの吸いやすい澱んだ空気を奪い取ってくれ


僕のこの穢れた復讐心を忘れさせてくれるくらい

暖かい世界を作り上げてくれ

友よ

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