金を借りる男【ショートショート】

 今日の朝、行きつけのカフェでゆっくり朝食をとっていると、なかなか興味深い会話が聞こえてきた。それはどこかフィクションのような非現実感を私に与えたし、何というか、「いろんな人がいるんだなぁ」という世界の広さというものを感じた。
 家に着いてから、いつか創作にも使えそうだと思ったので、できる限り具体的な情報は省いて記録しようと思った。もし上手に再現出来たら、皆に見せてみることにしよう。

 よお久しぶり。元気してたか? ああ。元気そうで何よりだ。
 風の便りで聞いたのだが、お前最近、まとまった額の金が懐に入って、持て余してるそうじゃないか。まぁお前は昔から倹約家だったものな。あぁ否定しなくていいぞ。別に俺は、お前の金にたかりたくてそんなこと言っているわけじゃないし、そもそもお前が金を持っていることを俺から隠そうとしたって、隠せるわけがないのは知ってるだろう? ほら、学生時代のあの時だって……すまんすまん。その話はしたくないよな。
 ん? あぁお前の耳にも入ってたのか。俺が最近皆から金を集めて回ってるって。まぁ、すでに結構な額を確保できたんだが、まだちょっと足りないんだ。他にあてがないわけじゃないから、お前に頼むつもりはないんだがな。

 だが……これはお前にとってチャンスなんじゃないか? 俺がこれから始める事業は、うまくいけばかなり規模の大きい話に膨れ上がっていく。そうなれば俺は、一躍時の人ってわけだ。
 もしお前がここで俺に投資して、俺が成功すれば、お前が得られるものは金だけじゃない。人脈はもちろんのこと、俺がまだ成功していなかった時に、俺のことを高く評価し金を貸したという事実から『人を見る目がある』という評判も得ることができる。つまり、本来金では買えない『信用』が手に入るわけだ。それだけじゃないぞ。もしお前が俺の全面的な協力者になってくれるなら、周りの人間は俺の成功の何割かはお前の手腕によるものだと思わずにいられないことだろう。つまり、お前は『名誉』まで手に入れることができるってわけだ。

 分かるか? お前は今、本来金ではどうやっても買うことのできない『人脈』『信用』『名誉』を買うことのできるチャンスを得ているんだ。
 もちろん、俺が失敗するという可能性もありうる。もちろんそのつもりはないが、俺が急な病気になる可能性だって少しはあるだろうし、世界的な情勢が大きく変化して、俺たちにとって都合の悪いことばかりが起きれば、俺の目論みもご破算になってしまうだろう。そうなれば俺は、一文無しになるだけでなく、さっき言った人脈も信用も名誉も失ってしまうわけだ。まったく、考えたくないな。
 だがその場合でも、お前が失うのは金だけだ。お前には仕事があるし、友達だって多い。俺が失敗したとしても、お前には同情してくれる仲間がいる。
 もし俺がお前の立場なら、こんな都合のいい話はなかなかないと思うがな。うまくいけば、普通に生きていては決して手に入らない素晴らしいものが手に入り、うまくいかなくても、浮いた金を失うだけで、生活が困るようになるわけじゃない。
 俺はお前が羨ましいよ。言っても仕方がないがな。

 まぁ、ゆっくり考えてみてくれ。お前の金はお前のものだから、それをどう使うか決めるのは、当然お前自身だ。
 ただ、金というのは「どうやって得るか」よりも「どのように使うか」の方が重要だということを覚えておいてくれ。
 どう使うにしても、後悔しないように使うんだぞ。目の前にあるチャンスをみすみす見逃して、あとで「あの時もっとしっかり考えておけばよかった」と思うことのないようにな。
 いい返事を期待してる。じゃあな。


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