百年先を生きるくらいでちょうどいい

 前に六十代前半の祖母が画面越しにこう言った。
「私が若いころ、五十年も経てば車が空を飛んでると思ってたわ。でも、空を飛ぶのは飛行機で十分よね」
 インターネットというものは想像できていたかと尋ねると「うーん。覚えてないなぁ」と答えた。

 ともあれ時代のテクノロジーは急速に進歩している。携わる人間の数が増えているのもそうだし、極度に発達した競争社会では発明の分野でも速度が重要視されている。

 私はそれの恩恵を受けているものの、もはや二十年前の製品が今この時代においては全くのガラクタとなっていることに愕然とする。
 この事実はおそらく……今この瞬間にある製品のほとんどは二十年後ガラクタになっていることを意味する。
 リサイクルショップに並んでいるものを、子供が指さし「お父さんたちは昔、本当にこんなの使ってたの?」と嫌味ではなく率直に尋ねるのだ。
 今「ユーチューブがない時代はどうやって暇をつぶしてたの?」と尋ねる子供がいるように、もっと洗練された娯楽物がない時代のことを想像できない人が現れることだろう。

 百年先まで見ると、本当に何が起こっているか分からない。日本という国はなくなっているかもしれない。
 少なくとも百年前の人は、百年後の日本がこんな風になっていることをまともに想像できなかっただろう。

 そもそも百年前の日本を、我々は想像できるだろうか?
 1921年。大正十年。
 人間というのはふつう愚かなもので、特別歴史に詳しい人でもない限り、この時代がどのような時代であるか想像もできない。
 第一次世界大戦直後。戦禍を免れた日本とアメリカは一気に力をのばし、ロシアでは共産主義が勝利しつつある。
 その中で各個人がどのようなことを考えて、どのように生きていたか、私たちは想像できるだろうか。
 その時代にも何億もの人々がこの地球上に住んでいて、それぞれの生活を送っていたことを、私たちはちゃんと想像できるだろうか。そして、その時代に生きていた人のほとんどはもう土の下に埋まっているということも。

 過去を振り返った後は未来を打ち眺めよう。百年後の未来を考えよう。

 テクノロジーがどうなっているのかは分からない。特に宇宙開発とコンピュータと兵器の分野はほとんど予測がつかない。
 国家やイデオロギー自体は、おそらく今より少しは進歩していると思われる。国家間の影響力の格差は変動しつつもやはり強弱はあると思う。しかし各国家各地域の個人的な生活水準は全体的に向上し、労働の必要性は一律で低下するものと思われる。
 軍隊が使う金自体は増えるだろうが、人員自体は減ると思われる。もはや戦争をするのに人の命を燃やす必要はなくなるのだから。

 おそらく、百年前のことはほとんど思い出されないことだろう。
 日本人は今、戦争中や戦後の悲惨さを思い出したり学んだりすることは多いかもしれないが、第一次世界大戦直後のあの空気のことについて考える人はほとんどいないことだろう。
 あの熱気。西洋諸国に勝利しつつあるという希望。民主主義化を目指す熱意。
 アジアを導く日本人としての誇り。悲惨な支那、朝鮮、東南アジアに対する……同情と軽蔑。
 そして……不安。本当にこのまま繁栄が続くのかという、不安。
 時代には時代特有の感情と、精神的な流れが存在する。本当はそれも忘れてはならないのだけれど、難しい部分があるのは分かる。

 そして今この時代も、そういう時代だ。思い出されることの少ない時代。憧れる人の少ない時代でもあると思うし、重要度が低いと見なされる時代でもあると思う。

 百年前のあの時代、今の私たちの生活を想像している人がいただろうか。
 こんな風にぼんやりと、できるだけ外に出ないようにして、十年後の生活がどのようになっているのかもわからず、とりあえず人の言ったことに従うことにしている現状。
 それぞれ目標を持って取り組んでいる人もいれば、自分なりの方針に従って真っすぐ生きようとしている人もいる。また、その日暮らしをしている人もいれば、ほとんど自暴自棄になっている人もいる。

 百年前もきっとそうだった。百年後もきっとそうだ。

 そういう風に思えば、この時代で叫ばれていることや、あらゆる時代特有のニュース、流行、時事等への目線が確かに変わる。
 もっといえば、自分自身への目線も変わる。自分という存在がちっぽけな存在であることも実感できるし、あらゆる同時代人が自分と同じようにちっぽけな存在であることも感じられる。
 それは、きっと重要なことだ。それは感覚に反したことかもしれないが、しかしどうしようもない一面の真実なのだから。それもまたひとつの感覚として、ここに存在するのだから。

 「永遠の相のもとに」考えられるほど私たちは賢くないから、とりあえず百年前の過去と百年後の未来、つまり「二百年の相のもとに」考えてみてもいいかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?