皿を洗いつづける話
”ちょうど”21点になる日。
その日わたしは一日中、くすぐったくて、静かなワクワクした気分が続いていた。晩ごはんが肉じゃがと知ったときのような、世にも奇妙な物語が放送される日のような、静かな期待感。
〜何かいいことがおきるかもしれない〜
仕事を終え家に帰ると、妻はにやにやしながら待ち構えていた。
彼女はソファに寝転んだまま言う。
「ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・お皿洗う?」
━━わたしは迷うことなく、スポンジを泡立てる。
・・・
「『寝る前に二人分のお皿を洗って、生ゴミを捨てる』
それができたらこのポイントカードにシールを1枚貼れます!いいですか?」
寝る前の皿洗いはわたしの担当。ただ最近は、翌朝までそれを放置してしまう日が続いていた。
そんな状況にしびれを切らせた妻が、「クマの顔が描かれた沢山のシール」と「夏休み模様のポイントカード」をもってわたしに言った。
「そして、このシールが10個集まったら!....イイコトが起きるかも!!」
「えーなに急に。こんなシール集めるの嬉しくもなんともないな。いやだな。」
「そう?うちの教室の子どもたちシール大好きだよ。夏休みなんかは、ピアノ頑張った分シールたくさん貼って見せてくれるよ?」
「いやぁ、小学生と30歳のおっちゃんは違うでしょ〜。ほんとやりたくないなー。」
とかなんとかいいつつ、結局押し切られて「皿洗いのポイントカード制」を導入することになった。
そもそも皿洗いを放置ぎみだった、これまでのわたしが良くなかったのだ。強く反発できるはずもない。
正直めんどくさかったが、わたしはやると決まったらきっちりやる。
ポイントカードは冷蔵庫に貼り付け、皿を洗うたびに律儀にシールをはる。
スポンジも新調した。
左からおさら用、シンク用、排水口用。妻の画力
皿洗いでポイントを10点あつめた日、ちゃんとイイコトは起きた。
そして気づく。
あれ10日間連続で皿洗いの習慣が続いている。シールを集めるのを楽しんでいる自分がいる!?
「ふふふ。これがトークンエコノミーだよ。」と妻。
トークンエコノミー
目標を立てて取り組み、できたらごほうびと交換できるという仕組みです。「できた!」が見える化されやすい方法なので、発達障害のある子にとっても取り組みやすく、療育現場などでも広く取り入れられています。
引用元)りたりこ発達ナビ
https://h-navi.jp/column/article/35027022
妻の中ではこうなる未来が描けていたのだ。
そしてネタバラシされても、わたしのポイントカードへの想いは薄れることはなかった。
・・・
「はい、ちょうど21点目おめでとうございます!!」
「あ、あ、ありがとうございます、せ、せ、先生!!!」
先生は皿洗いをつづけたわたしを褒め、また新しいイイコトを取り出す。
肉じゃがか?ヨニキミョか?
「はいこれ!」
Tシャツだ!うれしい。
「これからも期待してる。かんばれ!」
「ありがたき。」
今日もわたしは、妻が適当にきめた次の目標、
”ちょうど”36点に向かって、皿を洗い続ける。
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