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【短編】産土(うぶすな)さん

#創作大賞2022用再掲

産土うぶすな神社

産土神うぶすながみは神道において、その者が生まれた土地の守護神を指す。その者を生まれる前から死んだ後まで守護する神とされており、他所に移住しても一生を通じ守護してくれると信じられている。

産土神への信仰を産土信仰という。(Wikipediaより)

 

      *

 

ぼくが5才くらいの頃のことだ。

ぼくは夕海ゆうみという女の子と幼なじみだった。近所の裏山にある神社がいつもの遊び場だった。

そこは、青銅の鳥居がある小さな神社で、境内で鬼ごっこをしたり、神社の縁の下の砂地にたくさん造られているアリジゴクに、蟻を落としてみたりといろんな遊びをしていた。

 
ある日の夕暮れだった。

「あ!ショウちゃん、ビー玉が落ちてる!」

夕海が指差した方を見ると、ご神木しんぼくとしてしめ縄がかかっている銀杏いちょうの大木の根元に、青色とオレンジ色のビー玉がふたつ転がっていた。

ふつうのビー玉よりも色が濃く、青は晴れ渡った空の青、オレンジ色は夕暮れのグラデーション。そして、まんまるではなく、一か所だけ少しとがっている。

「きのうは、なかったよね、だれかが落としたのかなあ」

「でも、ここにはあんまり、ほかの子はこないよね」

ぼくたちが、しゃがんでじっとビー玉を見つめていると、後ろから声が聞こえた。

「それは産土うぶすなさんがくれたのよ」

振り返ると、日傘を差した女の人がぼくたちを見おろしていた。

「ふたりは、この神社の神様の近くで生まれたでしょう。そういう子に一生に一回、ここの神様が贈り物をくれるみたい」

「え、じゃあもらっちゃおう」

「やった!」

ぼくは青のビー玉を短パンのポケットに、夕海はオレンジ色のビー玉をスカートのポケットにそれぞれいれた。

「心から会いたいと願った人がいたら、このビー玉を持って神社で祈れば、一度だけ会えるの。私も願いが叶ったのよ」

と、女のひとが言った。

 

そのあとはぼんやりとしてあまり覚えていない。

いつのまにか女の人はいなくなって、ぼくたちは日暮れを告げる、夕焼け小焼けのメロディに追われるように家に帰った。

『心から会いたい人』なんて、芸能人とかヒーローとかしか、その時は思いつかなかった。

そしていつしかぼくは、宝物入れにしていた鳩サブレの黄色い缶にビー玉をしまいこんで、忘れてしまった。


夕海は中学三年の時に、父親の転勤で遠くへ引っ越しが決まった。

引っ越しのトラックのそば、制服姿でたたずむ夕海がちらっとぼくを見た。

さようならは言わなかった。思春期だったから、言いたいことなんていつも言わないことにしていたんだ。

 

       *

    


二十歳の時、小学校の同窓会で夕海と再会した。

昔話に話がはずんで結局つきあうことになり、五年後に結婚した。

一度、産土うぶすなさんの話をしたことがある。

「うぶすなさんからもらった、『心から会いたい人に会えるビー玉』まだ持ってる?私はなくしちゃった」

と、夕海は言った。

「ぼくはたぶん実家にあるな。懐かしいな」

「私が引っ越した時、会いたいって願ってくれなかったんだね」

「いや、ビー玉のことは思いつきもしなかった……」

「ひどーい。私は初恋だったのに」

夕海は笑って、ばんばんぼくの腕をたたいたっけ。
ぼくたちは小さなケンカもしたけど、どちらともなく他愛のないことを話し始めたりして、すぐに仲直りできた。病める時も健やかなる時も。こんな日がずっと続くんだ。そう思っていた。

 
そうして、結婚から一年経った六月、雨の日。

夕海は買い物の帰り、信号無視の車に轢かれてあっけなく逝ってしまった。

目まぐるしく葬式を済ませ、初七日が過ぎ、四十九日も終えて。何も手につかず、暗闇の中をさまよう毎日。毎日、焼けつくような胸の痛みで目が覚める。


君が、どこにもいない。

 

そして今日、ふいに思い出したのだ。

心から会いたいと願えば叶う、産土うぶすなさんがくれたビー玉を。

まんがいち、会えるかもしれない。いや、信じてはいなくても、もはやそれにすがるしかない気持ちだった。はやる思いで実家に帰った。ドアを開ける。

 
「将太、どうして」

母が息をのむ。

びっくりするのも無理はない。四十九日が終わって、ひとりアパートに残るぼくを心配し、母はしょっちゅう電話やメールをくれていた。でもぼくは無気力で気のない返事しか返していなかった。そのぼくが血相を変えて実家に飛び込んできたのだ。母に申し訳なく思いながらも、返事もそこそこに二階へ駆け上がった。

 
ぼくの部屋は、半分物置のようになっていた。

押入れは客用布団やら季節ものの家電に占領され、目当ての箱はなかなか見つからない。ようやく、段ボールの奥に鳩サブレの黄色い缶を見つけた。

四角い缶を開けると、川原の白い石やガチャポンで集めたアニメフィギュア、友達からもらった日光のキーホルダーに隠れるように数個のビー玉があった。

その中から、空を映したような青いビー玉を取り出す。

一か所が、つん、ととがっている。握りしめて、階段を駆け下りる。

心配そうに、なにか言いたそうな母親に、

「だいじょうぶだから」

と、何がだいじょうぶかわからないが声をかけて家を飛び出す。

 
少し離れた裏山の神社に向かって走る、走る。

鬱蒼うっそうとした森の入り口に鳥居が見えてきた。


鳥居の向こうには神社の境内が見えるはずなのに、ぼんやりと光る霧がかかっている。僕はビー玉を握りしめて駆け寄る。

ちらっと、夕海が見えた気がした。


「おーい、おーい、夕海!」

ぼくは必死に呼ぶ。入り口に着き、青銅の鳥居に右手をかけて息を整える。鳥居はひんやりと冷たい。

 

眼の前はおぼろな霧。

その霧の中に、3つの人影が浮かび上がる。

幼い男の子と女の子、そして傘をくるくると回している後姿の女性。

女性は幼いふたりに、

「それはうぶすなさんがくれたのよ」と言っている。

「え、じゃあもらっちゃおう」

「やった!」

ふたりは顔を見合わせて笑っている。

「お姉さんもなにか、もらったの?」

「そうよ。そして願いは叶ったの」

女性は傘を閉じ、右手を開いてビー玉を二人に見せた。

女の子が「わー、私と同じ」と手のひらを開く。

夕陽を閉じ込めたような濃いオレンジ色が、それぞれの手の上できらめいている。


「夕海!」

思わず呼びかけると、幼いふたり……5才のぼくと夕海はしゅっと霧の中に消えて、ひとり残った女性が振り向いた。

 
あの時の女の人は夕海だった。

さしていたのは、日傘ではなく雨傘だったんだ。

はねられた瞬間、夕海の魂は時を越えてここに来た。

ぼくは夕海への愛おしさに苦しくなる。

 

「ショウちゃん、会いたいって、 願ってくれてありがと」

夕海は微笑んで言う。

「私は、実はもっと前に願いが叶っていたの。同窓会の前に、ショウちゃんが同窓会来ますようにって、この神社にビー玉持って祈りに来たんだよ」

「夕海、ぼくは」

「もう行かなくちゃ。きっと、また会えるわ」

そういうと、夕海は自分のビー玉をぼくのてのひらにころん、と乗せた。

 

 ぼくのてのひらに青とオレンジのふたつのビー玉。ふたつはゆっくりとらせんを描きながら浮き上がると、ぼくらの頭上でぱんっと粉々にはじけた。

光をまといながら降りそそぐ無数の青とオレンジ。そしてにじんで、夕陽に溶けていく。

 

「消えるんじゃないの。溶けて、一部になるの。 私も、うぶすなさんに」

そう言うと、夕海は薄くなり、消えた。

 

胸の痛みは消えない。

でも。ぼくは君を探し続けるよ。

木に、花に、石に、空に、雲に、海に、美しいものすべての中に。

 

また逢える日まで、ほんのちょっとだけ、さようなら。

 
夕海。

 

 


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