トランス問題と女性の安全は無関係か---「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明 」についてフェミニストからの疑問と批判

牟田和恵2023年7月6日

2023年6月14日に、WANサイト上に「LGBTQ+への差別・憎悪に抗議するフェミニストからの緊急声明 」が公開され、賛同のよびかけがなされました(以下、同声明)。https://wan.or.jp/article/show/10674#gsc.tab=0
私はLGBT理解増進法には少なからず問題があると考えていますが、同声明には、フェミニストとして疑問に思わざるを得ない内容が含まれており、この声明があたかも日本のフェミニストの総意であると受け取られてしまうことを懸念し、一フェミニスト・ジェンダー研究者として本稿を書いています。

声明では、「女性の安全がトランスジェンダーの権利擁護によって脅かされるかのような言説」が「フェミニストのあいだにも」あるとし、そのことがトランスジェンダーへの憎悪をかき立てているとあります。このように、女性の安全を求めることをトランス差別・トランスヘイトとみなす立場、トランスジェンダー問題と女性の安全は一切関係がないとする立場は、同声明だけでなく、トランスの権利を擁護する方々の中でしばしばみられますが、この認識には、いくつもの意味で問題があり、女性の権利を脅かしかねないものです。
 
女性の安全を求めるフェミニスト・女性たちのほとんどは、MtFトランス(トランス女性)の方々の存在が女性の安全を直接に侵害する、などという乱暴な議論はしておりません。かりにそうであるとすれば、それはたしかにトランス差別、トランスヘイトとみなされるのも理解できますが、しかし、そうではなく以下のような観点からトランスジェンダー問題と女性の安全について懸念し問題提起しているのです。
 

1) 「トランスジェンダーへの配慮」のもとに安全のハードルが下がっている
トイレや公衆浴場、更衣室などが基本的に男女別に分かれるのを当然としていたこれまでも、女性や子どもは安全を脅かされてきました。商業施設の女性用トイレ個室に潜んでいた男に女児が性的被害を受けた上に殺害されるというきわめて痛ましい事件から現在も頻繁に起こっている盗撮・のぞきまで、女性は性被害にさらされてきています。これらは、男性加害者によるものであり、トランス女性とは何ら関係ありません。
 
しかしながら、現在、ダイバーシティへの配慮を理由として、公共スペースにおいて女性トイレをなくしてオールジェンダートイレにするという事態が生じています。これでは、性加害者に犯罪の機会をみすみす提供するようなものです。これはあくまで、女性の安全をおざなりにして安易な改造を行う自治体や企業などの責任であり、トランスジェンダーの方々には何の責任もありません。しかし、ダイバーシティへの配慮という名目で女性の安全がさらに脅かされていきつつあるということは事実です。トランスの権利擁護、ダイバーシティへの配慮は、女性の安全の確保と同時並行で進められなければならないのではないでしょうか。
 

2)女性スペースが脅かされている現実がある
同声明では、「身体的には男性の人が『心は女性』と言えば女性風呂に入れるようになる、それを拒めば差別だとされるので拒否できない」という事実誤認や偏見が広がってトランス憎悪を強めているとあります。
しかし現実に、トランス女性の方々で、性別適合手術を受けていない(以下、未オペと略)状態であるにもかかわらず、女風呂に入った体験を喜々と語り、またそうした行為を勧めているような発信・発言がネット上では見られます。「女性の安全とトランスの権利は無関係」と述べる学者や弁護士、政治家には、そうした行動をいさめるどころか、トランス女性は未オペであれ女風呂や女性スペースに入ってよい、それに抵抗があるとすれば、女性の意識が遅れている(つまりはトランス差別意識がある)からだと述べておられる方もあります。
 
とくに公衆浴場については、LGBT理解増進法が公布施行されたのと同日6月23日付で厚生労働省医薬・生活衛生局生活衛生課長名で「公衆浴場や旅館業の施設の共同浴室における男女の取り扱いについて」と題し「体は男性、心は女性の者が女湯に入らないようにする必要がある」とする通知が発せられました。増進法と同時にこの通知が出されたのには、女性の安全を求める人々の力が大きかったに違いありませんが、逆に言えば通知が出される以前には、「体は男性・心は女性の者」が女湯に入ることが起こりうるとの懸念には十分理由があったということです。同声明は、この通知以前の14日付で出されていますが、何をもって、身体的には男性でも心が女性と言えば女風呂に入れるなどあり得ない、差別意識に基づくデマだと断言しておられたのでしょうか。
 
公衆浴場の問題は女性の安全にとって一面にすぎません。大学や公的ポストの女性限定枠へのトランス女性の参入はすでに起きていますし、女性スポーツへのトランス女性の参入も「トランスの権利擁護」の進んだ諸外国では起こっていることです。例を挙げればきりがありませんが、これらもやはり、トランスの権利擁護と女性の安全や権利が衝突葛藤していることの証左です。今後は、女性差別是正のために採られるに至った措置や政策・制度の成立の背景を十分考慮しつつ、トランスの権利と女性の権利とを調和させていく方策を取っていくことが求められているのであって、「トランスの権利擁護と女性の権利は関係ない」かのように放置するのは、誠実とは言えないのではないでしょうか。

3)「すべての国民が安心して」はヘイトか?

同声明では、LGBT理解増進法に修正の段階で「全ての国民が安心して生活できることとなるよう留意」の文言が加わったことを、マイノリティの権利保障のための法がマジョリティの権利尊重を謳うことになってしまったと厳しい批判がなされています。2月に同性婚について「見るのも嫌、隣に住んでいるのはもっと嫌」などと発言した首相秘書官が更迭されましたが、このような差別的な偏見を「国民の意見」として留意する、ということならばもちろん大問題ですが、増進法の文言は、そうではなく、女性という、数のうえでは多数ではあるが、性犯罪の被害や性差別にさらされ続けているマイノリティの立場にも配慮することを求めたものと解釈するのが妥当ではないでしょうか(偏見を擁護するような適用がなされないように監視していく必要があるのはもちろんですが)。同声明が、同法のこの部分を、性的マイノリティに嫌悪やヘイトをすることに免罪符を与えたものであるかのようにみなして非難するのは、女性の安全をあまりにおざなりにしてはいないでしょうか。

4)WANサイトへの期待*1

冒頭に記したように同声明はWANサイト上に公開されました(他の場所にも掲載されたのかもしれないですが)。WANサイトは、「フェミニズムを伝える・学ぶ・つながるサイト」のキャッチフレーズを掲げる、フェミニズム、女性の権利の進展をめざして制作運営されているサイトです。サイトには、女性の情報や活動についての充実したコンテンツが満載です。
しかし今回の声明は、そのWANの主旨からして、ふさわしいものでしょうか。

フェミニストと自称するかどうかは別にして、多くの女性たちがトランスの権利を擁護しながらも、女性の安全を願っています。同声明は「フェミニストの」と名乗りながら、それらの女性たちへの配慮は無く、トランスヘイトと決めつけて女性たちを分断するかのようなものになってはいないでしょうか。理解増進法に危機感を抱き批判するとしても、フェミニストを分断するかのような内容である必要はあったのでしょうか。
WANサイトにはぜひ、女性たちの声を幅広く受け止め発信するサイトであってほしいと心から願います。
 
*1 筆者自身、WANの創設時からのメンバー・理事でした。この数年来、女性たちの声を幅広く反映できるサイト・組織であるべく内部で努力してきましたが、力及ばず、同声明がWAN サイト上に公開された直後、NPO法人WAN理事を辞任しました。なお、同じく理事辞任した千田有紀さんによる文書も出されています。https://note.com/sendayuki/n/nfe34bfb48d56
 


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