8月15日

暑く湿度の高い空気が纏わりつく夜に森田は夜回りに勤しんでいた。
森田の住む町は老人が多く40に近い森田でも若い方に含まれる。
正直面倒だが、老人を夜回りに行かせるわけにもいかず仕方なく引き受けていた。

それにしても、盆に夜回りとなると大人になったとはいえ気味の悪いものがある。さっさと夜回りなんて終わりにしてしまおうと森田が早足で進んでいた時

「誰かいるな」

少し小高くなっている丘の上の公園に、人影が見えた。
「1人、いや2人か。」
公園の入り口にある大時計は19時39分を示していた
近所に住む若いのが遊んでいるのだろうか。
一応声をかけた方が良いのだろうか。
森田の頭にそんな考えがよぎる。
しかし公園を一回りして帰る時もこの道を通るのだ。その時にまだいたら声をかければいいだろう。渋々夜回りに参加していた森田は出来る限り面倒なことはしたくなかった。
適当な理由をつけ、戻ってきた時に誰もいないことを願いながらジメジメとした道を進んで行った。

〜〜〜

『ねぇ、見てください。向日葵が咲いていますよ。』

丘の上の公園では、年老いた男性と10代後半に見える少女が話をしていた。側から見れば祖父と孫娘のようにも見える。

「そうですね、とても綺麗だ」

少女は老夫に近づき摘んだ向日葵を渡そうとした。その時ふと少女は気付いた。

『この傷、どうされたんですか』

老夫の額には大きな傷跡が付いていた。

「あぁ、貴女は知らないのでしたね。これは戦争に行った時にできた傷なのです。兵士として戦争に向かい、目の前で友人や上司や部下達が大勢死んでいくのを目の当たりにしました。しかし私は意気地なしでしたから、幸か不幸か死ぬことなく故郷へ帰る事が出来たのです。そして命からがらたどり着いた里で、貴女が機銃掃射に巻き込まれ死んだ事を知りました。まさか、私が生き残り貴女が死んでしまうなんて思ってもみなかった。」

少女は微笑みながら血色のない唇を開いた。

『私だって驚きました。貴方がどんな姿になろうと帰ってくるのを待っていようと心に誓っていたのに、貴方が帰ってくるより先に死んでしまうだなんて。』

「貴女が見えるということは、私のお迎えに来たのでしょう?」

『えぇそうです。でも貴方を連れて行くまで少し時間があるの。だから、私が死んだ後の貴方の話を聞かせてはくれませんか。』

「もちろんです。…里に帰り貴女が死んだ事を聞かされた後、私は自暴自棄になり荒んだ生活を送っていました。そしてなぜ自分が生き残ったのか悩み続け、もうどうでもいいと自死をする事に決めました。それまでずっと薄暗い部屋に籠っていましたから、最期くらい外の空気を吸おうと外に出ると美しい星空が広がっていたんです。星を見てるうちに不思議と心は凪いでいき、こんな生活をしている場合ではないとどこからか生きる活力が湧いてきました。
それからは縁談の話もいくつか来ましたが、貴女ほど好きになれる人は現れなかった。
この年になるまで人様のお世話になる事なく、一人で貴女を思い生きてきたのです。」

『私のことなど忘れて、幸せを手に入れればよかったじゃないですか』

「いいえ、私は貴女でなければ幸せにはなれないのです。だから貴女を思いながら生きてきた人生になんの不満もありません。それにこれからはずっと一緒にいられるのでしょう」

老夫は満足げに笑い、少女ははにかんだ笑顔を見せていた。

『それでは、参りましょうか』

少女は老夫の手を取り老夫も少女の手をしっかりと握りしめた。年老いた体から若き青年へと姿を変え、少女と二人で空を見上げる。

「私が生きようと思った時と同じくらい美しい夜空だ」

そう青年が呟くと二人の姿は霧のように消えていった。

〜〜〜

「お、流れ星が二つも。明日は運がいいかもしれないな」
そんな事を考えながら森田は夜回りを続けていた。
もうすぐさっき人影を見た公園の近くになる。何かあっても困るし、一応確認してから帰ろう。
大時計は19時45分を示していた。
もうこんな時間か。早く帰ろうと足早に公園へ入ると、何かがある。
「何が置いてあるんだ…?」
近づいてみると、それは冷たくなった人間だった。森田は目を見開き即座に通報をした。
なぜ、どうして、俺はただ夜回りをしていただけで、
混乱し、パニックに陥る森田に反して冷たくなった老夫は向日葵を握りしめ満足そうに微笑んでいた。

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