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ブランチとコヒーレント (28)

2023年3月のコヒーレント (3)

徐々に暖かな日が増え、周りは花粉症で大変な人々ばかりの三月中旬。

自分がねこさんと出会ったあのメイド喫茶で、ねこさんがまた1日限定で勤務するという。当初は仕事で行けない見込みだったのだけど、私事があり仕事の日程はスリップ、そして仕事帰りにちょろっとだけ寄れるようなスケジュールになった。

その私事は気分がどん底に落ちる出来事で、会社からも休みが。ねこさんのメイド姿をまた見れるきっかけではあったもののラッキーとは到底思えない。

そしてこれから始まる色々な自分の事と推し活動を比べると、前者の方に力を注ぐしかない。多分行けない状況になるだろうから、今のうちに。

推しは推せる時に推せと言う先人の訓戒を胸に、浮かない気持ちのまま秋葉原へ。

秋葉原のメイド喫茶には17時過ぎに到着。まだ席に人はまばらで、メイドさんと接するチャンスが一番あるカウンター席には一人おきで既にお客さんが座っている。

初めましてのウェイトレスさんが入り口に来る。挨拶をすると、その奥から店長さんがひょこっと顔を出して

「お、お久しぶりですね」
「ご無沙汰してます、これてなくてすみません」

店長さんとは半年以上ぶり。店長さんの中では自分はねこさん推しと確定していて、今日ここに来るのは必然と思われている節が。けどこうやって覚えていてくれて、また迎え入れてもらえるのは嬉しいもので。

ねこさんの出勤は18時。ここを出た後は怒涛のスケジュールが待っているので、それまでの小休止と腹ごしらえをしよう。

あるアニメの中で主人公が座っていた、自分お気に入りの席に座る。ここからの眺めが一番しっくり来る。

ネギトロ丼とニルギリのポットを頼んで、久々の店内を眺める。メジャーどころの紅茶の名前はここで名前と香りと風味を覚えた。自分に何か残してくれた所に暫くしてからまた来ると、なんか帰ってきたって感じがする。



「ご飯頼んだー?」

スマホをいじっていて、聞き慣れた声にふと顔を上げると、そこにはネギトロ丼のお盆を持って立っているねこさんが。いつのまにか勤務を開始していたらしい。

「ねこさんこんばんは、お疲れ様」

うん、と頷きテーブルに置いてもらう。正統派ロングメイド、いいね。

今日来れない同担オタクさん達にインスタントカメラでの撮影の代理を申し出ていたけど、チャットに反応がない。まだ仕事中だ。注文が入る事を見越して、ねこさんに写真をオーダー。

ご飯をいただきながら、これからのスケジュールと支出を考える。鬱だ。

そのうち徐々にお客さん、もとい旦那様方がご帰宅される。と、燎と縁があるアイドルグループamuLseを推しているオタクさんが帰宅、ねこさんはお店の入り口から客室の対角線上にいる自分に相席の確認。

「いいよねー?」

手を上げて了承を伝え、amuLseオタクさんは席に通される。

このamuLseオタクさんは、以前amuLse主催ライブに燎が出演した時に箱の出口で自分と出くわし、そのままお昼を二人で食べに行って会話するようになった。
それまで会話した事はあまりなかったのだけど、顔はなんとなく知っていた、というくらい。

その時二人ともDr. Martensの靴を履いていて意気投合、靴の磨き方とか靴墨の種類で話が盛り上がった。amuLseオタクさんは黒の3ホール、自分は赤の8ホール。

次に箱で会った時、amuLseオタクさんは真新しい赤い8ホールのブーツを履いていて購入報告。品切れでなかなか見つからなかったらしい。それ以降箱で出会うといつも赤いDr. Martensを二人とも履いている。被りまくり。
amuLseのライブで会うと、物販の時、メンバー末っ子のミヤさんに二人並んでお揃いの靴を見せる様になった。

しばらくamuLseオタクさんとギターの話など雑談しながら、ゆっくりとした時間が流れる。気持ちは鬱なんだけど、顔見知りが帰宅する度に軽く手を上げて挨拶したり。そして自分の初めてのメイドさん、まゆみさんも登場。amuLseオタクさんと自分に挨拶してしばし雑談。

気持ちが柔らかくなる。

そのうちamuLseオタクさんはお店を出る事に。
自分もそろそろ出ないとならないのだけど、インスタントカメラの撮影の順番が回ってこず、出れない。そんな状態ではあるけど隣のテーブルに座る二人組と雑談。この二人のうち一人はあの歌舞伎町のコンカフェでよく一緒になったDDオタクさん。

暫く会っていなかったので、ここのところであった事を話すと

「あー、話はちょっと黄色の人と話しましたよ。マスクメロンさんも、着実にオタクの階段登っていて感慨深いですね」
「はっはっはっはっ」

互いに乾いた笑い。オタクの大先輩にお褒めに預かり光栄です。
てか、本当にそれってオタクの階段登ってんのかな。ねこさんにもそう言われたけど。しかし自分が登りたい階段はそれじゃない気がするんだ。



お店はぼちぼち忙しく、ねこさん目当てのご主人様は多い。ねこさんは全体を見渡しながらオーダーの処理を調整する。

回ってきたインスタントカメラの撮影。
ここに来れないオタクさんの分、名前をねこさんに伝えて一枚一枚写真を撮る。撮影後、ちょっとお話し。近日燎のライブが控えているけど、自分は行けない事を伝える。うんうんと相槌するねこさん。

時間的に限界が来て、ねこさんに会計を頼む。
写真へのお絵かきができてなかったけど、急いで対応してもらう。また色々気遣ってもらう感じがなんか申し訳ない。もっとゆっくりしていたかったけど、仕方ない。席にいる顔馴染みに片っ端から挨拶しながら、お店入り口のレジの前に進む。

この店のポイントカードを見ると、以前果南さんこと、かなこさんが一日限定でお給仕した日以来の来店だった。かなこさんの隣にねこさんのお絵描きが連なり、ポイントカードが満了になった。

ポイントカードは何枚か貯まると景品と交換できるのだけど、これはこのまま残しておこう。

お店を出ると、半身をドアから乗り出した格好のねこさんがいる。

「それじゃ頑張ってねー、お土産待ってるー」
「はいよー、またねー」

手を振ってお別れ。初めてねこさんと出会った頃はこんなだったかな、とか思いながら、早足で駅へ向かう。そういや前はお店に行っても知ってる人は一人もいなくて、ぽつんと座ってスマホをいじるだけだった。

ところが今日はお店にいるお客さんの1/3は知ってる人で、それぞれ違う場所で知り合い、その人たちと共通の話題があり、これまでも色々な時間と環境を共にしてきた人たちだ。ねこさんが起点となって、いつのまにか自分にはこんな繋がりができた。

ねこさんには、一年半前よりは自分の事を良くも悪くも知ってもらってる。本当に自分は素の状態、ありのままでねこさんに接していて、カッコ悪いところも嫌な面も見せた。ねこさんが知る自分は等身大の自分だ。そういう意味では一年半前よりもブランチしていて距離は遠のき、近づくことはない。

こんな間柄でありつつ、事情を知りながらも普段と変わらず接してくれたねこさんや、ねこさんを起点に繋がってきた皆が、日常を思い出させてくれた。

これから一生に何度もない事をこれからやる重さが気持ちにまとわりついていた。この状況は確かに存在するのだけど、そうではないこんな領域もまた自分の周りに存在する。

寄って良かった。
ブルーだった気持ちが整った。さて、新幹線乗るか。


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