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ブランチとコヒーレント (17)

失う記憶と残る記憶

仕事の帰りがけにバー寄ってウイスキーを飲む時は、晩御飯は抜いて行く。その方が香りを拾いやすいし、すぐに酔っ払うので飲み過ぎない。

何かとお高い嗜好品なので、惰性で飲まないように、行きつけのバーで半年に一度、アイラ島スコッチウイスキーの蒸留所5種を、黒いテイスティンググラスに入れて香りと味だけで当てるゲームをしている。

昔から変わらぬ蒸留所の特徴があるのは確か。しかしさまざまな条件下で蒸留所の特徴を掴むのは意外と難しく、かれこれ8年やっていて、全問正解はまだ無い。

普段ボトルを目の前にして飲み、これは蒸留所の特徴出てるよねーとか言ってても、先入観がかぶさってきている。バーテンダーさんでも外すし、このバーではまだ全問正解したお客さんはいないそう。

こういうゲームの時は、水を口に含んでしばらくして飲んだ後、自分の左手の手首を鼻に当てて軽く呼吸をすると感覚がリセットされる。当たらないけど、この儀式をすると外してしまう数は減る。基準がある分、特徴を捉えやすくなるみたい。

ちょっと前の話、女性バーテンダーさん、カウンターの女性のお客さんと3人で話をしていた時の事。

隣の席のお客の女性は、職場恋愛したものの長く続かず別れたそう。けど仕事は同じ部門で、お別れ後であっても仕事の話はする。自席の端末を見ながら説明を受ける時とか、彼がすぐ側までくると彼の香りがグッときて、脳とお腹を直撃し仕事にならないらしい。

自分はその元彼と別の日にそのバーで話した事があるけど、ごくごく普通の青年で、少なくともお腹直撃セクシー丸出し色男ではなかった。

女性バーテンダーさんのお話。昔、凄く好きな人がいて家に呼ぶのだけど、臭いとか臭いが強いのではなく、どうしても彼の体臭に馴染めなかったそう。彼が帰ると、寒い日でも窓を全開にして空気の入れ替えをしたという。凄く好きでも、そういう事があるのか。

そういえばMusic Bar Cordaでも。

ちひろさんが、マスクメロンさんの匂いをいつも感じるんですよ、ってオーダーを取りに来た時に言ってくれた事があり悪い気がしなかった。けど、自分がそう言う話題の対象になった事が無くて、どう返したら良いか分からなかった。ちょっとニヤニヤした。

自分は長い間、同じオーデコロンを使っている。多分この匂い。

これだけ長い間使っていると、このコロンの香りを意識しなくなる。他の人から自分の匂いはどう感じられるのだろうか、気になってくるな。

ある土曜日のお昼過ぎにMusic Bar Cordaに行った時のこと。席に座ると、ねこさんが自分の匂いは今日はいつもと違う、と。何か違うかな、と周りを見渡して、時計が目についた。いつもより来る時間がだいぶ早い。

今日は何も用事がなくて、家を出てからそのまま来たので、ここに来るまでの時間がいつもよりだいぶ短い。どうやらコロンの香り方が違うようだ。

普段Music Bar Cordaに行く時は平日仕事を終えた後が多く、コロンを振ってから12時間はゆうに過ぎているけど、この時は2時間後くらい。多分この違いだね、って。ねこさんに香水の時間での変化があるよと教えてもらう。

燎のあるライブ、楽屋で待機している時ねこさんが「メロンの匂いがする」と。たてみんさんが「え、果物の匂いする?」と聞き返すと「人間の方のメロン」。なんか不思議な言われ方だけど。

その話を終演後の物販の時にねこさんから聞いて、やばい、気付かぬうちにコロンを付け過ぎになってたかとつい後退り、大丈夫だからとなだめられた。

その箱はステージ下手寄りのフロアに楽屋の入り口があり、黒いカーテンで仕切られているだけだった。自分はそれに気づかぬままそこで開演までビールを飲んでいた。すぐそばにいたのかもしれない。

女性は匂いに敏感だな。悪い事した後はばれるんだろうか。

自分が香りについてはウイスキーくらいしか意識することが無くて、特に人に対してはかなり無頓着だ。ふと検索してみた所、人の記憶と五感について行き当たった。人の記憶は、

聴覚 → 視覚 → 触覚 → 味覚 → 嗅覚

の順に忘れていくらしい。味、次いで匂いが記憶に残るって事は、それだけ本能に近い感覚なのだろう。自分はねこさんに関して圧倒的に聴覚、次に視覚が脳裏に刷り込まれている。

聴覚はライブやCDで。視覚はライブの写真撮影で。
ねこさんの触覚は、無いよねそりゃ。あったら出禁だ。
味覚は、ねこさんが作る日替わりご飯、特にお味噌汁の味噌の加減。具と味噌の風味のバランスは、他のキャストさんと違う。
嗅覚は、そもそも匂いを感じるほど近づいたことがないけど、全く印象が無い。

となると、ねこさんと縁が無くなったら、触覚、味覚、嗅覚に記憶が無い分、自分の記憶から消滅しやすいのだろうか。切ない曲の苦しげなブレスとか、濡羽色の長い髪とか、本人はあまり好きでは無いと言っているけど悪くないと自分は思う横顔とか、聴覚と視覚しか無い。

多分だけど、縁遠くなってしまった後、街角でねこさんの歌声が流れてたりしたら、その瞬間に自分は気づく。その時自分はどんな記憶を呼び覚ますのだろう。

お味噌汁の味だったりして。

2022年11月のコヒーレント

閑話休題。

11月、果南さんの誕生日。
去年Music Bar Cordaで果南さんの生誕イベントには参加したけど、まだ馴染んでおらず週末の昼過ぎに行ってご飯をいただいて帰っただけだった。

その頃、正直なところ自分はねこさんしか視界に入っていなかった。けど、果南さんと色々話すきっかけとなったのが、去年の果南さん生誕祭翌週の穏やかな週末だった。

自分はテーブル席で皆が話すのを遠目に見ていた。なぜその話に繋がったのかは分からないけど、男性の乳首に生える毛の話をしていて、このくだらない話でみんなが笑っている最中、カウンターにいる果南さんが突然自分に話を振ってくる。

「マスクメロンさん生えてる?」
果南さん、一気に距離を詰めてきた。

「い、一本だけ…」
と人差し指を立てる自分。

果南さんは当時自分にどういう印象を持っていたのかは知らないけど、想定と違うリアクションだったのか大爆笑。自分も周りもつられて大笑い。

それから1年、アイドルユニット燎のデビューやその後のライブ、Music Bar Cordaでの会話で、自分の行動原理の中心はねこさんであることは変わらずも、果南さんとは、ねこさんと共にかなりの時間を共有してきた。

これまでお付き合いいただいた分はお祝いしないと。そして自分はできるだけイベントの流れに乗りつつ、ここしばらく停滞している、ねこさんとのコミュニケーションの機会を作りたいと画策する。

何かと立て込んでいる仕事を横目で睨みつつ、沢山のお客さんが訪れるだろう時間帯を想定しつつ、かつ果南さんの誕生日を祝う瞬間を逃さないようにお店に出入り。

まだ日が高い時間に一度訪問。おまけで写真を撮れるという事で、普段は頼まないシャンパンを注文してみる。果南さんをピンで撮影するのは初めて。

写真が上手い先輩オタクさんにフラッシュをお借りして多灯撮影。ちと絞り開け過ぎだけど、意外と上手くいったかも。

果南さんはその後、うえー、もうお酒は飲まないー、とぼやきつつも開けられたシャンパンを飲んでいた。ありがとうございます、お付き合いいただいて。

Music Bar Cordaで食事を終え、いつまでも飲み物で粘るわけにも行かないので一旦お店を出て、歌舞伎町を徘徊する。
若かりし頃はお酒が苦手だったり、会社が東京の反対側だったこともあり新宿は遠い街だった。けど、うろついているうちに思い出してくる、バッティングセンターと中古カメラ屋は何回か行った事が。

ということで、過去の軌跡を再び辿ってみる。

小学生の頃軟式野球を地区のチームでやっていて、打つのはかなり好きだったけど、本当にダメになってる。老化って怖いわ。60球打って3球しかちゃんと前に飛ばなかった。
また来てリベンジだなこれは。



再びMusic Bar Cordaへ。自分の到着後しばらくしてねこさんも出勤。やっぱりねこさんの写真が撮りたくてまたシャンパン。今日は大盤振る舞い。

果南さんの誕生日だけど、皆様のご理解を賜っているためシャンパンの開栓はねこさん。開栓の口上は大塚愛の「さくらんぼ」のサビだった。
冗談めかして受けを狙っている時のねこさんは、なぜかリズムを取る体の動きが左右平行移動になる。ジョイマンみたいだ。

かわいいね。

夜がふけ、皆だんだん眠くなってくる。キャストさんは立ちっぱなしで仕事をこなす。若いお客さんはもうテーブルに伏せっている。不思議な時空。

何をするでもなく、なのに満席の店内は緩やかで穏やかな時間が流れていく。それでいて誕生日の当人が一番過酷。果南さんは相変わらずもう酒は飲まないー、と唸っている。

気だるいけど、なんかそこにいたい空気感。

ねこさんは色々気遣ってくれて、自分にも話しかけてくれる。そして自分は相変わらずわけわからん返事しかできない。面白く無いよねこれは。胸の内では、前と違うなあ、そんな気遣わなくても推しを変えたりしないから、ありがとう、なんて思ったり。

自分の事ながら難しいね、オタク心ってやつは。

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