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ブランチとコヒーレント (29)

2023年4月のブランチとコヒーレント (1)

4月に入った。まだ夜は寒いものの、昼間は服装によっては汗ばむ時もあるくらい。着るものの選択が難しい。自分はダッフルコートか半袖Tシャツか、みたいな極端な物しか着るものがない。イケオジへの道は遠い、というか最近はイケオジになりたいとか思うのもめんどくさくなってきた。いけないな、オヤジをスキップして爺さんになってしまいそうだ。もっと色気付かないと。

燎は一周年を迎え、ライブが行われる。単独公演。
単独は企画も集客も演じるのもきっと普段よりもっと大変だろう。他の人が演じている間に衣装替えしたり一休みしたりできないし、30分で終了というわけにもいかない。総合的な力が試される、華やかでいて厳しい世界。

タイトルとテーマは事前に告知されていた。

"煌葬"

葬るという字が使われていて、デビュー当時のいわゆるアイドルテイストの楽曲や演出から離別すると言う所信表明。その心意気は買うし、今年1月に発表されたアルバムは既にそのものの構成、既定路線と皆把握している。それを踏まえて、果たして、どんなステージになるのだろう。

これまで燎について回って、色々な対バンを見てきた。
自分が興味を持つのは1990年代の洋楽、邦楽の香りがするもので、例に漏れず一番多感な時期に触れた音楽が根底にあるみたいだ。

自分の場合、入り口としては商業ロック的なところからなのだけど、興味が継続するかと言うとそこが難しい。キャッチーな感じよりも、最初はさっと流して聴くところから始まって、何曲かをリピートしている間に印象の変化を伴って馴染んでくる、その過程があると自分の中に興味を伴って定着するみたい。

かつて自分の中に一番すんなり入り込んできたのはamuLseで、商業ロック的、歌謡曲的キャッチーさとほんのちょっとオルタナティブ的な所を感じる。

実際に彼女らに会って話をしてみるとメンバー三者三様で、末っ子のミヤさんなどは人前で演ずる事に積極的なキャラに見えない瞬間もあったりする。しかしこの活動に多くの情熱と時間を割いている姿を見た後に改めて聴くと、これからの変化が楽しみと思い注目せざるを得なくなった。

一方、燎は初期の頃は自分の嗜好と異なる部分があったのだけど、彼女らのひととなりから入って楽曲への興味に繋がった今までに無いパターンで、自分の視野を広げてくれたユニットなのだと思う。

なので、逆に楽曲がこうだといいのにと言う自分の感覚よりも、次はどんなのが出てくるんだ?という興味の方が強くて継続している所が大きい。そしてずっと聴いていたいと思うがゆえ、継続するならもっと広く人に聴かれる必要を考えると、メジャー方面への幅を広げる必要が出てくるのかなと思うところ。

しかしこの活動も永遠ではない。

きっと彼女らはその時、燎というユニットに自らしっかり終止符を打ち、同時に自分との間柄は微塵も残さず完全に消滅する。きっとこれまで何も無かったかの様になるだろう。その時に向けて、今から温度を下げていくか、それとも最後まで熱を保つか。

なんて揺れ動く気持ちを、箱のすぐそばにある日枝神社の長い階段を考えながら登る。あ、うそ、途中で息が切れてエスカレーターに乗り換えた。

神様に、今日のライブの成功と、家族始め自分の周りにいる人達の安寧と、ねこさん、果南さんのこれからの幸せを願う。今日のお願いはいつにも増しててんこ盛りだな。

ん、お賽銭50円じゃ足りなかったかな。
ご縁が10倍って事で、神様、諸々よろしくたのんます。

ライブハウスは赤坂駅からすぐそばのnavey floor。
こんな所にライブハウスがあったんだ。

箱に入って受け付けでCDが配られる。会場限定。
何が入っているのだろう。葬られし煌めき曲と思うけど、それらは既に音源化されている。再録なのだろうか。んー、燎はそうするとは思えない、けど何が来るかさっぱりわからん。

箱に入り、真っ先に物販の行列に並ぶ。今日の最大のお目当ては果南さんお手製のTシャツ。同じものが無い一点もの、当然数量限定。

燎のTシャツはこれで3種目、初代とワンマンライブと今回。もはや自分の着るものを入れるタンスに入らなくなってきた。けど買ってしまう不思議。

1年前の燎のデビューライブも公演前物販で購入した。その時は7千円しないくらいでうわ、高い、と躊躇したものだけど、今はTシャツ一枚5千円でも迷いなく購入。すっかりオタク気質が染み付いたようだ。

その後エージェントオタクさんと前打ち合わせ。今日はどうしようか話すも、うーんと一考、前回とは逆の下手に行く事に。だんだんライブ前に行うことのリズムができてきて、以前ほどの迷いは無い。

ライブはいつもと同じ感じで始まった。聴き慣れたSE。
クラップを入れ、ねこさん、果南さんが舞台袖からステージに向かう歩みを見守る。いつも通り。

そして "Andromirror" で幕が開ける。再始動から続く、これが燎だという定番の楽曲達。写真のシャッターも迷わず切れる。画角やタイミングの変化が無くなってきているとも言えるけど、燎のライブの撮影は続く。続けたい。



いつもはシャッターを切るので精一杯だけど、今日はなんか違う。ファインダーの四隅を確認、表情を追って振り付けに合わせてシャッターを切る。クラップを入れるところではカメラを置き手拍子、再び撮影、を繰り返す。

"海鳴りサテライト"では二人がキックをする振り付けがある。その振り付けはスカートの裾が舞い、髪がなびく。燎の動と静を残すならカッコよく残しておきたい振り付けなのだけど、今まで多分40回近くのチャンスの中で、良いと思える写真が撮れていない。

海鳴りねこキックは曲中2回、1回目は下手側でイントロ中に、2回目は上手側でアウトロ中にある。今日は下手にいるので海鳴りイントロねこキックを捉える事に。

SEが流れ始める。"海鳴りサテライト"だ。ねこさんのステージ上の立ち位置を見る。今日はねこさんのステージ上の立ち位置も、自分がいる位置も申し分無く、画角的にスピーカーなどが遮る事もない。

イントロが流れ始め、一旦背中を向けていたねこさんが正面に振り向いたその瞬間、ファインダー越しのねこさんの表情が小さな液晶画面越しに見える。ねこさんは「ほら、行くよ」とでも言うかの様な表情を浮かべた、気がした。

ばっちこい、とシャッターボタンに指をそっと乗せ、振り付けの頭から連写する。よりによってそのタイミングでステージの照明が絞られてかなり暗い。"海鳴りサテライト" は基本的に青一色の絵になるのだけど、更に暗めだと絵にならないかもしれない。

さて、この1秒に満たない瞬間の間にどんなねこさんを捉えられただろうか。

燎のスタンダードなライブが区切れ、去年の秋のワンマンの様に、またスクリーンが準備される。ビデオの上映か。何が来るんだ?皆床に座って映像を観る準備をする。

そしてスクリーンには、コントラストを浅めにして微かにセピア色がかった絵が現れる。

何度も聴いた曲のイントロが流れる。
"羽化"のMVだ。どこか物悲しげな感じの中に、これからの変化を予感させる詩。

完全変態。

字面はなかなかのインパクトだけど、蛹という過程で一度中身を崩して再構築するという、一見すると非効率でリスキーな生まれ変わり方。しかも程なく命が絶たれる絶対的なプログラムが施されているにも関わらず、最期に見せる別の姿。

羽化というと、自分は小さい頃に見た蝶の姿が思い浮かぶ。熱海の山の中、何時間も、飛び立つまでそこで体育座りをして過程を眺めたことがあった。

蛹の殻から身を乗り出し、徐々に伸ばしていく羽根。模様が浮かび上がり、コントラストがついていく。その間も命は危険に晒されていて、守るものは何もない。自分は手伝う事もできず、ただ見守るのみ。

そして初めての筈なのに当然の様に、音もなく、ふわっと飛び立っていった。自分が見守っていた事など知る由もないまま。そういえば、その後お尻が痛くてしばらく歩けなかったな。

その羽化を見守った時の様に体育座りをして、MVを観ながら、自分も小さな声で歌った。
楽曲と映像が揃って、羽化が完了したのだろうか。
同じ様にお尻が痛い。

“羽化"が終わり、続いて聞いたことがある静かな、後がない感のイントロが流れる。不可能への挑戦か。

スクリーンでは大真面目な顔で二人がインタビューを受ける。
質問がキャプションで流れたのち、溜めて、ボケる。シュールな上に多分ねこさんが書いたであろうセリフを果南さんが茶化す事なく演じている所がギャップになっていて燎オタク心をくすぐる。

照明が暗転、スクリーンが片され一転して明るくなる。

漫才が来た。燎にとって新たな挑戦。果南さんはどう対応したら良いのかわからない様な事を以前言っていたけど、果たしてどうなるのだろうか。ステージの真ん中にはスタンドマイクが一本。

「どもーどもー」

奇を狙わない正統派漫才の出だし。中身で勝負か。

二人の漫才パートが終わった。どんな漫才だったかは観る機会があったらぜひ。自分はそのリズム感と話のぶっ飛び具合で2つ目の奴、"傘“ が気に入った。

自分の人生初めての漫才の観劇は燎となった。

羽化して、最後の姿になったのかな、もう終わりに向かい始めたのかと思ったところで漫才がぶっ込まれた。

さっきのおセンチな気持ちはどう消化したらいいの?

再びスクリーンが準備され、流れるMV。

次は "四葉"。うわ、この曲が来たか。
ライブで演じられたのは一度きり、その後箱で聴くことはなかった曲。だけど燎の曲の中でダントツに一番リピートして聴いている。ギターと耳コピの練習の題材にさせてもらっているので、多分他の曲の再生回数とは桁違いだろう。

何気ない日常感が淡々と続く映像は、これも少しセピア色がかって彩度が落とされていて、ビルを見上げたり、果南さんの姿を追ったりしている。映像はねこさんの視点の様で、ねこさんの姿は全く現れない。

私は今こんな事してるよと誰かに宛てた手紙の様に見えた。

続いて、ピンク色の背景色にハートやらなんやらが描かれた画面が現れる。燎は乱発しないけど、どうやら大切な発表らしい。オタクを1年も続けているとこの手の煽り文句にすっかり慣れてきた。

そしてメンバー発表。本気の重大発表ではなく、完全にウケを狙った煽り文句、当然メンバーは燎の二人。 "四葉"のMVでシリアスさを全面に出しておいて次にこれとか、断言する、完全にこれはねこさんの構成だ。

再びスクリーンが上がり、燎の初期のオープニングSEが流れる。思わず懐かしい、と口にした。

1曲目、"僕らの明日"。そして2曲目、聞いたことがある様な?無い様な曲。シンセのきらきらした音がなんだか久しぶり感を増長する。

衣装は初めて見た白いフリフリ。
違和感が半端ない。いつの間にか今の燎に完全に毒されていた様だ。

ライブが終わる。1時間半があっという間に過ぎた。
開演前に買っておいた写真撮影券を渡して、今日のライブの感想をねこさん、果南さんにそれぞれ伝える。

今日はシリアスな奴とおちゃらけた奴が交互に押し寄せてきて、本当にあっという間だった。冒頭の普段のライブの印象は正直飛んでしまって、漫才と最後のきらきら楽曲がまず頭を過ぎる。

感想を言うと、果南さんは不満そうに「今日の海鳴りはよく歌えたと思うんだけどな」う、ごめん、中盤、後半の奴に全部持ってかれた。

ねこさんには「漫才どうだった?」と訊かれ、「傘が好き」と答えると「忖度してる?」と笑いながら。いや、ほんとにあのリズム感と話のぶっ飛び具合好き。カマキリのタマゴはの話はどこかで聞いた事があったな確か。

会場を後にする。いつもの燎オタクさん達と今日の感想を語りつつ、この後に控えている同日夜のライブまで間を埋める事に。

まずは果南さんがここのところ大ハマりしていたと言うマックのフィレオフィッシュをみんなで食べる事に。

その後、カラオケボックスでエージェントオタクさん、前からちょくちょく一緒に話していた女性パイセンオタクさんと燎について2時間語り、次のライブへ。

なんか、燎のライブを観ていくうちに段々とこの生活が終わりに向かっていっていると思っていて、他のオタクさんと話しながら心の準備を始めている自分に気づく。

燎が無くなったら、こんなライブハウスに通うことも無くなり、また粛々と日々を続けることになるだろう。けど、それでいい気がしている。ちょっと夢を見ていただけ、みたいな感覚で元に戻ろう。

家に帰って、撮影した写真をPCに取り込み始める。
今日の撮影枚数は3,776枚。気になっていた、ねこさんの写真を探して見てみる。

あ、あった。

ねこさんは思い切り自分に蹴りを入れていた。

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