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ブランチとコヒーレント (36)

2023年12月のブランチ

ねこさんがアイドルとしてデビューしてからこの1年半程の間で、燎が出演するライブを90回近く観た。その間に17万回以上シャッターを切り、ねこさん果南さんに渡した写真は7,800枚を超えていた。それでも全てではなくて、手元ですぐに取り出せる写真は3万7千枚、撮影したカメラから取り出した生データに至っては10テラバイトを超えている。随分積み重ねてきたものだ。

自分はライブに行く度に写真を撮り、それをねこさんや果南さんに送った。輝いている二人をとにかく記録にとどめたくて、こんなに素敵なんだよと誰かに伝えたくて、誰より燎の二人に伝えたくて、10年くらい経って見返した時に良かったなって思ってもらえたらと、ひたすらシャッターを切り続けてきた。これぞ趣味。

この10テラバイトのデータはすぐに取り出せる所に置くとかなり料金がかかるので、Glacier Deep ArchiveというAmazonのデータセンターの片隅にある、取り出すのに数時間かかるインターネットのとても奥深い所に今はひっそりと佇んでいる。

この半年程前、新たにXのアカウントを作成して、ひたすら燎の二人の写真をポストし始めた。Webサイトは検索エンジンに引っかからないと日の目をみないけど、Xならどこかで誰かが見てくれるだろう、と。
維持にお金もかからないし、都合良さそうだと思って。そして、もしも誰かの目に留まって「奇跡の一枚」みたいな物語の発端になったりしたら、なんて妄想しながら。

ところがそれとは逆に、写真の容量が増えていくたびにブランチは加速していく。これは厳しい、と思い始めたのが2023年2月、そしてそれがいつかそう遠くない日なんだろうなと思い始めたのが2023年4月の渋谷Gee-Geでライブがあった頃。それからその頻度は月1回から倍々で増えていき、ブランチは細っていき、8月に折れた。



その後、ちょっとの間ライブには行かず、色々な人と話をする。シェフオタクさん、エージェントオタクさんとは3人で4時間ぶっ続けでミーティング。その他みんなからも総ツッコミを受け、といって特に状況が変わるわけではないし言われる内容はわかっていたのだけど、まあ、結果的には毒を吐きたくて付き合ってもらってしまった形に。面白かったのは、いろんな人と話をしても最終的な結論は皆、嫌だったら何も言わずに去ればいいんだよ、だった。それは正しい。

そしてライブに行かない間、果南さんが務めるバーに行って、皆んなで多岐に渡る話をする。記憶にも残らない馬鹿話、アイドルグループの解散やメンバー脱退の向こうにある話、音楽の話、BLのとんでもない設定や人間関係の考察からプロジェクトマネジメントの話まで。そんな中で、自分はもうこれ以上良化することは絶対にないこの状況を過去にしたくて、合間合間で笑い話にしようと拗ねてみせながらあったいろんなことを話す。そしてみんなは応答に困る。

その何気ない会話とみんなが言葉に詰まる会話の合間に、果南さんにこそっと言われた。ねこさんとはもう接しない方がいいけど、走りきって欲しい、と。

その時、全てを悟った。そうか、終わりに向かっているのはねこさんと出会った瞬間から解っていたけど、その時はそう遠くないんだな。その後1回ライブに参加も物販には行かずに帰宅。その次のライブの時、果南さんの忠告は守らず、緊張をほぐすために何杯もビールを飲んだ上で、ねこさんに意を決して物販で話しかける。自分と話すねこさんはとても辛そう、けど、とりあえず首の皮一枚は繋がった形になる。ねこさんももう終わりを見据えて割り切っているのがわかった。

9月はねこさんの誕生月で、イベントがある。例年ねこさんは趣向を凝らしていて、それは加速度をつけていっている様。一昨年はねこさんの知人友人とのステージ、去年は有名なライブハウスでの一大イベント、そして今年はライブハウスを週末3日間借り切って昼夜5回に渡るライブとなった。

自分はまあ、そう言う状態だったので生誕のオタク側企画には参画せずに傍観した。プレゼントは後に残らない些細な消耗品。スタンドフラワーに飾るメッセージボードの写真や、他のオタクさんが作った全紙大ねこさんポスターの写真は自分が撮影したものを採用してもらった。

ライブでは、燎の二人の配慮と運で、なんだかかんだ普通に参加して、しかも最新の衣装をモチーフにしたTシャツまで貰ってしまった。みんな、すまん。物販の時も、ねこさんの気遣いが伝わってきた。

11月末には果南さんの誕生日があり、12月頭に行われる今年は音楽のイベント。流行病の影響やらなんやらで果南さんはしばらく生誕ライブを開いていなかったのだけど、今年はなんと深夜スタート。体力的に保つのか正直自信は無い。

当日は丁度仕事のシステムでトラブルが起きてしまい、多分今年で一番脳を使ったであろう、みんなが呆気に取られるくらいの勢いで状況判断だけ下し、じゃ、大丈夫だねと会社を後にして、一杯引っ掛けて厄を払ってからライブハウスに向かった。

ここでもスタンドフラワーに飾るメッセージボードの写真は自分が撮影したものを採用してもらい、ライブも今までに見たこともない人たちのステージに、結局大騒ぎしながら朝までハイテンションで走り切った。

そして12月。燎とamuLseの期間限定合同ユニット、&grAceが活動を終了する。メンバーはまだそれぞれのユニットで活動すると言うこともあり、あまり喪失感はないものの、もっとライブに行きたかったなという気持ちがある。

この時のスタンドフラワーのメッセージボードは、燎オタクとamuLseオタク合同チャットチャネルで色々検討し、最終的なデザインに辿り着いた。メンバーの椿 ミヤさんは特に喜んでくれた。

ミヤさんが自宅でよくやっているビデオ配信では、自分が入室した事に気づくと「これ伝えたかったんだ」と、スタンドフラワーに飾ってあったメッセージボードをカメラに向かって掲げて、ありがとうと満面の笑みで微笑んでくれた。頑張ってよかった、とつくづく思う。

しかしいつかと同じように、悲しいニュースはいつも突然やってくる。
&grAce活動終了の2日後、燎から活動休止のアナウンスが発表された。これに先立つ12月の頭に、ねこさんからXで詳細は伏せられたまま1月のライブの予告がポストされていた。燎の告知はいつもあっさりしていて、インフレ気味の表現は普段しない。だけどこの時は、みんなに見てほしいという表現で温度感が違った。めずらしいなと思ったのだけど、そんな後のこのニュースだった。

自分はここまでの経緯もあって心の中の整理はついていて、あぁ、とうとう来たんだとこのアナウンスをすんなり受け入れる。1年前は、燎が解散とか活動休止とかになったら自分は消化できそうにないと思っていた時期もあったけど、意外や意外、いざその事実に直面してみると、喪失感よりも2月から何しようかなと既に考え始めている。

昔、自分が勤めている会社のお昼ご飯を調理してくれる給食のおばさんみたいな人がいた。自分は嫁さんが作ってくれる弁当を毎日持参している。自分がお弁当を食べているのを見ると、料金を払ってないのだけど、おばさんはちょこちょこと歩いてきて、あたたかいお味噌汁をすっと置いて去っていく。おばさんのお味噌汁はちょっと薄味。若い社員にはあまり評判は良くなかったけど、自分は嫁さんやねこさんの味付けに近くて気に入っていた。

その給食のおばちゃんは九星気学という占いに凝っていて、自分の生年月日から直ぐにどの星かわかるくらい頭の中に全てが入っている。自分は二黒土星というやつ。おばちゃんと話していた頃、今は一番キツくて折れてしまうかもしれないけど、2023年には底を打ち、2024年から4年間はとても運勢が良くなるよ、と言われていた。ただし2024年1月はそれまで縁があった人と切れるけど、気に病まないようにね、ともアドバイスをもらっていた。その時はまだねこさんと出会う前で、ちょっと先の話だけど、まさか嫁さんか?とか恐れ慄いた。

本当に不思議な事に、おばちゃんが言った通りのこの数年間となった。

2021年、ねこさんと出会った年から次々と仕事上問題が噴出し、それは自分に向かって牙を剥いてきた。そしてねこさんがアイドルとしてデビューし、週末には新しくて不思議な世界を眺め、そしてまた普通の生活を過ごすリズムが出来上がる。

ねこさんとは良い関係どころか、まったく噛み合う事のない日々ではあったけれど、今から振り返ると、ライブの時間を確保するためによく働いたなと思う。それまで有給休暇を使う事もなかったけど、法律で有給休暇の使用が義務付けられた事もあり、ライブの日に有給休暇を取るようにもなった。

もしもねこさんと出会っていなかったら、そして果南さんと組んでデビューしていなかったら、何を生活リズムの節にして仕事などの日々の生活に向かっていただろうか。流行病による在宅勤務もあり、多分そういうメリハリはなくて、だらだら仕事をしながらも追い込まれ、最後は気が狂っていたかもしれない。

2023年に入ってもねこさんとのブランチは広がるばかりで、思い出したくもない事がたくさん起きた。けど、一方でガタガタだった仕事は落ち着き始め、自分の有る事無い事を会社のお偉い方にこき下ろしていたある人は、こき下ろしていた内容がその人の仕事で全部起きてしまい自爆して会社を去った。

仕事と別のブランチでは、写真の仕上げのバリエーションが増えてきたり、ギターの練習を始めたり、それを録音してみたり、と確実にその枝を伸ばしていく。ねこさんや果南さんと出会えなければ、こうはならなかった事ばかりが今、自分の身の回りにある。そして時間がいくらあっても足りないくらい、どれも手を動かしていて楽しい。

けど、この状況を見る限り、おばちゃんがいう1月に起きる縁の切れ目はねこさんの事で間違いないようだ。そして最近になって占いサイトを見てみたら、似たようなことが書いてあった。

必要でない相手、とか随分な言い方だな。
一方で六白金星(ねこさんの星)とは超相性がいいとか言ってるくせに。
そういう巡り合わせのリズムってあるんかなぁ、本当に。

果南さんには、給食のおばちゃん占いの話を8月終わりか9月頭くらい、ねこさんの生誕ライブ前あたりにしたことがあった。自分は1月あたりかなと思ってる、と話したのだけど、その時果南さんはあんまり反応しなくて話が続かなかった。

ねこさんにも9月中旬頃に「終わりに向かって行く限られた時間」と、気づいた事を伝えてみた事があって、その時点で自分が気づいた事は知っているはず。ところが相変わらず自分とのコミュニケーションは皆無でねこさんが認識する世界からは除外されつつ、極々稀に微弱なシグナルを送ってきている、気がする。内容も無い、一方的な信号。

そんな、なんとも言い難い微妙な状態で2023年が終わった。
燎の最後まで、1ヶ月を切った。

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