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音の面影、最後の想い出(5)

五月五日
お通夜に近所の人やばあちゃんの知り合い、友達、ばあちゃんの実家の親戚などたくさんの人が来てくださった。
「やすちゃんが私達より先に逝っちゃうなんてねえ。」
「本当にねえ。」
「あ、あのっ。」
俺はおばあさんたちの話に割って入った。
「祖母の知り合いでマサルさんてご存知ですか?」
「え…」
「…そうねえ…」
二人のおばあさんは気まずそうに目をそらした。
「勝というのは、私の兄です。」
一人のおじいさんが話し出した。
「私は笠原 茂といいます。小さい頃やす子さんにはよく遊んでもらいました。」
「…どうも。」
「勝というのは私の一番上の兄で音楽学校に通ってピアノを弾いていました。…やす子さんも音楽が好きで兄からピアノを習っていたようです。」
「そうですか…」
「…兄とやす子さんは結婚の約束までしていたことを後に兄の日記を読んで私も知ったんですが…」
「…では、なぜ、祖母は僕の祖父と結婚したんですか?」
「兄は音楽学校在学中に学徒出陣をして、終戦を向かえても帰らなかった。帰らないまま四年が過ぎて、やす子さんは十八歳になった。もう兄は帰って来ないだろうという話になって、あなたのひいおじいさんが、あなたのおじいさんとの縁談を決めて、そのまま、やす子さんとあなたのおじいさんは結婚した。」
そういうことだったのか…
「ところが、やす子さんが結婚して一ヶ月後、私の兄、勝が復員したんです。聞けば、シベリアに抑留されていたらしい。帰ってきたら、やす子さんは結婚していた。兄は東京の楽団でピアニストとして活動しているうちに別の女性…私の義姉ですね…と結婚した。そして二人は離ればなれになったんです。」

ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…

祖母の涙が頭に浮かんだ。
あんなふうに、勝さんの前でもばあちゃんは泣いたのだろうか…
自然と涙があふれてきた。
「それで、勝さんは…」
「兄は五年前に亡くなりました。」
見ると、おばあさん二人も泣いていた。
「でも、あなたたちお孫さんたちに恵まれて、やすちゃん幸せだったと思うわよ。」
おばあさんの一人が言った。

(つづく)

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