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音の面影、最後の想い出

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#小説

音の面影、最後の想い出(6)

音の面影、最後の想い出(6)

五月六日

告別式。
和尚さんがお経をよんでいる時に俺をマサルさんと呼んだ祖母や、小さい頃に世話してくれた祖母、いろんな祖母の姿が頭に浮かんだ。

ばあちゃん、ありがとうな…

じいちゃんには気の毒だけど、天国で勝さんに会えたらいいな。

―その日、ばあちゃんは白い煙になって空へ登っていった。

『私、その歌、いつまでも忘れないわ。』

(END)

音の面影、最後の想い出(5)

音の面影、最後の想い出(5)

五月五日
お通夜に近所の人やばあちゃんの知り合い、友達、ばあちゃんの実家の親戚などたくさんの人が来てくださった。
「やすちゃんが私達より先に逝っちゃうなんてねえ。」
「本当にねえ。」
「あ、あのっ。」
俺はおばあさんたちの話に割って入った。
「祖母の知り合いでマサルさんてご存知ですか?」
「え…」
「…そうねえ…」
二人のおばあさんは気まずそうに目をそらした。
「勝というのは、私の兄です。」
一人

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音の面影、最後の想い出(4)

音の面影、最後の想い出(4)

五月三日
朝十時に祖母に会いに病院に行くと、
「かず…ま…」
と、祖母が言った。
久しぶりに祖母の口からきいた自分の名前に俺は泣いてしまった。親戚みんながおどろいていた。
「み…ず…」
祖母の言葉に、母がスポイトのようなもので、水を飲ませると、
「おいしい。」
と、言った。
そして、祖母は、ばあちゃんはそのまま息をひきとった。

五月四日
両親や、伯父、叔母がみんな集まってお寺はどこか、葬式の斎場

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音の面影、最後の想い出(3)

音の面影、最後の想い出(3)

五月一日
今日は平日なので、大学で授業があった。一人暮らしのアパートより遠いが実家から大学へ行った。

五月二日
同じく。
三限目が終わって、母からLINEがあった。
『おばあちゃんが救急車で病院に運ばれました。』

大学から飛んで実家に帰って、祖母の入院した病院へ向かった。
「痰が肺にたまりすぎて、呼吸困難になったみたい。」と、母が説明してくれた。
祖母に、
「俺のことわかる?」
ときくと、祖母

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音の面影、最後の想い出(2)

音の面影、最後の想い出(2)

それから毎日のように、ゴールデンウィークのあいだ、俺は老人ホームへ通った。

四月二十九日
朝十時に老人ホームの祖母の部屋へ行くと、
「マサルさん。」
と祖母が出迎えた。老人ホームの職員さんが、
「昨日から、マサルさん、って息を吹きかえしたみたいに、やす子さん元気でね、良かったわね~。今日もマサルさん来てくれましたよ~」と言った。

「マサルさん、私も女学校を出たら音楽学校へ行きたいわ。だから、こ

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音の面影、最後の想い出(1)

音の面影、最後の想い出(1)

祖母が俺のことを「マサルさん」と呼んだのは、ほんの数日間のことだった。

俺は春から大学生になり、埼玉の実家を出て東京の安アパートで一人暮らしを始めた。慣れない家事で水の分量を間違えてドロドロのご飯を炊いてしまったり、目玉焼きを作るつもりがスクランブルエッグになってしまったりしていて、ああ、ばあちゃんの飯がなつかしいな、と思った。家は昔は両親共働きで、ばあちゃんが全部ご飯を作ってくれていた。

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