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エクスタシー? スクリャービン 交響曲第4番 作品54 《法悦の詩》

スクリャービン 交響曲第4番 作品54 《法悦の詩》

血が騒ぐ音楽

2002年頃のお話です。

当時私は長野で単身で仕事をしていて、久しぶりに藤沢に帰った時家族で入った楽器&レコード店。私の子どもは3人とも学校の吹奏楽部でパーカッション担当。ピアニスト妻と子供達がドラムやピアノなど楽器を見ている中、私はレコード売り場へ入った。

入ったとたん店内で流れる音楽…、題名は知らないが、妙に心を捕らえた

普通の音楽ではない。胸騒ぎがする。血の流れを刺激するというか、知らず知らず感情が高まってくるのである。驚いた。身震いがした。

トランペットの音とフルートなどの木管楽器の騒がしさ。それでいて艶やかなメロディと音色なのだ。聞いたこともない音楽だった。私はしばらく店内で足を止め聞き入っていた。

レジ横展示の「今再生中のCD」を見に行く。当時名前を知らない指揮者によるCDで「春の祭典」。でも聞こえているのは聞き慣れた「春の祭典」ではない。CDタイトルの下にもう一曲記載されている。「法悦の詩」。え?

法悦=エクスタシー=宗教的恍惚

この題名意味深だ。「法悦」という言葉を知らない人(実は私もだった、、)にはなんやらわからん。英語を読んで初めて合点。"The Poem of Ecstasy"。エクスタシー!。わかったでしょう?

でも、この作品は必ずしも我々が想像する(←お前だけだって)古今東西人類永遠のテーマについてとりあげているわけではない。

精神的エクスタシーというものがあるのだ。それに、題名を知らずに私は足を止め、聞き入った。音楽だけでそれほどインパクトがあったのだ。まるで魔力。間違いない。

俗物的先入観でこの音楽を見てはいけない。恍惚は恍惚でも、官能的恍惚というよりスクリャービンは宗教的恍惚を表現しようとしたのである。神秘和音という音楽による精神の世界に彼は傾倒していたらしい。だからこの独特の音色と和音なのか!

全音音階の摩訶不思議

このメロディの特徴はどうもスクリャービンが当時虜にさせられていた全音音階にあるようだ。ここで唐突に専門用語を出すのはためらうけれど、ヒントになりそうなので述べておく。

西洋音楽の音階はドからドまで8音で構成されている。ピアノの鍵盤を見るとわかるように間に7音(ドレミファソラシ)ある。ところが全音音階とは7つではなく6つの音で構成するのだ。普通はミとファ、シとドは半音になっているから黒鍵が間にない。だが、全音音階とは6音というと、ド-レーミ-(ここからが違う)ファ#-ソ#-ラ#-ドとなるのだ。

手元に楽器がある方は試しに鳴らしてみるといい。ね?不思議でしょう。わかりやすい例でいえば、アニメ「鉄腕アトム」の昔の主題歌(実写版ではなく、アニメのです。実写版なんて知らないよね? 笑)の前奏がまさにこの全音音階的だった。

ということを音楽事典で知った。調べてみるものだ。なるほど、あの摩訶不思議なメロディにはこういう秘密があったのか!!

さまよう怪しげな音楽

なにしろ最初から怪しげである。フルート、トランペットの満身の音色を受け止めるのはホルンのバックとオーボエのささやき。ハープ付きで木管楽器の合奏が心騒がせる。でも美しい音楽なのだ。

しかし、何か物騒ぎ。アレグロになってからの音の展開に度肝を抜かれる一方で柔らかな木管楽器の音色やヴァイオリンのむせびなきにもうっとり。しかしすぐに管楽器がざわめき立てる。心休む暇はない。ドラの音、トランペットのさまよい。この繰り返しだ。

甘くせつないメロディがまるでさまようように、この曲の音楽に行き所というものがないのだ。時にリヒャルト・シュトラウス、時にマーラー。いや音楽的にはこの両者のほうがまだ受け入れやすい。スクリャービンはまた別の世界へ。ネットで流行っている言葉を使えば「逝っちゃって」いる

足を止めさせた演奏の主はあのゲルギエフ

なんだかわけのわからないコメントになったが、店内で聞いたのはワレリー・ゲルギエフ指揮、キーロフ歌劇場管弦楽団による「春の祭典」と「法悦の詩」がカップリングされているCDである。

藤沢のレコード店では「春の祭典」について、
「すごい!本当にすごい!こんなすごいハルサイやっちゃうと、頭が○げてしまいますよゲルギエフさん」

という店員のコメントがあり、思わず笑ってしまった。そして思わず買ってしまった。うーむ。うまい演出である。このコメントのファンになったので私は藤沢へ帰るたびにこのレコード店へ足を運んだ。
(残念ながら2022年の今、この店は存在しない。いつの間にか閉店した)。

「春の祭典」もすごい。この演奏は野性味溢れていてまさに血が騒ぐのだ。

でも、なんといっても「法悦の詩」である。これを聞けば夜眠れなくなること保証するから、万人にはお勧めできないけど、禁断の果実のつもりでお試しいただくのもいいかも。トランペットの活躍と金管楽器、むせびなくフルート、そしてパーカッションが圧巻!


★私の聞いたCD

UCPP-1035 PHILIPS
ストラヴィンスキー バレエ《春の祭典》
スクリャービン 交響曲 第4番 作品54 《法悦の詩》
キーロフ歌劇場管弦楽団 指揮:ワレリー・ゲルギエフ

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