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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第12番 変イ長調op.26「葬送」

このタイトルには後ずさりしてしまう。「葬送」。すなわち…、

「死者をほうむるため墓地に送ること。死者をほうむるのを見送ること。送葬」(goo辞典 ※出典元は、三省堂提供「大辞林 第二版」より引用)

「葬送」というニックネーム付きの音楽はなんとなく怖いイメージがあり、敬遠してしまう。ベートーヴェンやマーラーの交響曲、ショパンのピアノ曲にもある。どの音楽も今は大好きなのだが、タイトルの魔力(?)が敷居を高くし、聴き始めるまでに時間がかかった。そういう経験って、皆さんありません?

しかし、この種の先入観が、音楽と向き合う際に邪魔になることが多い。タイトルなんか、ましてニックネームなど気にしないで聴き始める、聴き続ける。そうすることにより、音楽との出会いのチャンスは広がる。

さて、ベートーヴェン「ピアノソナタ第12番《葬送》作品26」。本日この作品を取り上げるのは、実は最も有名な第3楽章「葬送行進曲」について語るのが目的ではない。第1楽章と第4楽章のおもしろさをお伝えしたい。

【第1楽章】
この作品の第1楽章は、ピアノソナタの楽章構成において、少し異質のようなのだ。専門知識のない人が聴く上では全く気にならないし、まして現代人にはどーってことないのだが、ソナタを聴き慣れている人や、特にこの曲ができた19世紀初め頃の聴衆には「ん?」と少し首を傾げる特徴があった。

ソナタの第1楽章にはAllegro曲を据える、という暗黙のルールがあったらしい。ベートーヴェンもその辺の常識はわきまえ、ピアノ・ソナタ第1番から第11番までおとなしく定石に従っていた(笑)もっとも、第6番のようにAllegroであっても少し変わった趣向の作品もあるが…。

12番は、Andanteで始まる意表をつく展開。ある種の悪戯である。ベートーヴェンはこういう悪戯が好きだ。悪戯はテンポだけではない。味わい深いテーマを提示したあと、さりげなく、変奏曲にしてしまった。変奏曲こそ彼の得意技である。しかし、さすが第1楽章からいきなり変奏曲という作品はそう多くない。

私はベートーヴェンの変奏曲が大好きである。前号でも「ディアベッリのテーマによる33の変奏曲」をとりあげたくらいだから、変奏曲が始まるといつも心うきうき、銀座のカンカン娘のように、ルンルン気分になるのだ。コース料理で前菜ではなく、いきなり「メインの魚料理!」が出てきたみたいな感じで嬉しい。ちなみにベートーヴェンは魚料理に目がなかったそうな。

変奏があとに控えているせいだろうか、この楽章の冒頭はゆったりとピアノが歌う味わい深い雰囲気。心落ち着く、しみじみとした楽想がとてもよい。そして比較的わかりやすい変奏。少し油断するとオリジナルテーマがわからなくなるようなこともなく、安心して聴いていられる。さすが変奏の達人ベートーヴェン、音の操り方のあざやかなこと。

【第2楽章】
間奏曲的なスケルツォ。またもや途中から始まったような曲想で、聴き手を煙に巻く。おどけた様子はいっさいなく、逆にきびきびとして緊張感が漂う。

【第3楽章】
有名な葬送行進曲。でも、このスケールは決して葬送向けと思えない堂々とした曲想だ。中低音による和音を伴う無骨な旋律が心の底に鳴り響き、中間部、高らかなファンファーレにも似た圧倒的迫力。高めの音色のフレーズは鐘の音にも聞こえてくる。ショパンがこよなく愛したといわれているこの楽章については機会を新たに書きたいと思う。

【第4楽章】
短い楽章だ。初夏の陽がこぼれ落ち、きらきらとした水しぶきのような音が終始楽章をかけずり回っている。そして、前半、後半と二度出てくる印象的なメロディに着目。あれ〜?どこかで聴いたメロディに似ているが…。そう! 中山晋平作氏作「証城寺の狸囃子(しょうじょうじのたぬきばやし)」のフレーズに少し似ているのである。

これは、私オリジナルの発見ではなく、次のサイトにおける話題で知った。

世界の童謡・民謡
http://www.worldfolksong.com/index.html

※サイト内「そっくりメロディー研究室〜偶然の一致か?それとも・・・?」の中の「くりメロNo.001「証城寺の狸囃子」とベートーベン「葬送」」に、この話題がある。

たまたま、モーツァルトの「春への憧れ」について調べていたところ、同サイトに巡り会い、「ショッ、ショッ、しょうじょうじ〜、しょうじょうじのにわは〜」のメロディとピアノソナタ「葬送」との関連性についての記述を読み、驚いた。半信半疑で、バックハウス演奏のピアノソナタ第12番第4楽章を聴いて、思わず吹き出しそうになった。

ピアノ高音、そして低音で対のようにそのメロディを奏でている。明らかにこの楽章のメインテーマのひとつであり、小刻みな音の粒による装飾がからみ、きらりと存在感を放っている。といっても、決して全面には出てこないさりげなさが格好いい。中山晋平氏がこのソナタを意識したかどうか?まあ、単なる偶然だろうが、音楽の奇跡に私は猛烈に感動している。本当におもしろい。

以後、ふだん何気なく聴いてきたこのソナタが身近に思え、聴くたびに俄然おもしろくなってきた。あれ以来、iPODで、Macで、たびたび聴き続けている。第4楽章をきっかけに、他の楽章、特に第1楽章のしみじみとした味わいが大好きになり、第2楽章の少し素っ気ないけどキビキビとした音楽に惚れ、敬遠し続けてきた第3楽章「葬送行進曲」にも聴くたびわくわくさせられている。

このソナタは、全曲聴いても20分足らずと、比較的気楽に聴ける長さ。第1楽章が7分、第3楽章が5分、第2楽章、第4楽章は各々3分に満たないコンパクトサイズ。まだ聴いたことのない方は、ぜひ一度おためしを。ファンの皆様、久しぶりにいかがですか?

★私の聞いたCD

POCL-4735/8
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集 収録
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)

仲道郁代「ベートーヴェン集成~ピアノ・ソナタ&協奏曲全集」
https://amzn.to/3hr48VY

★著作権フリー音源

ベートーヴェン – クラシック音楽mp3無料ダウンロード 著作権切れ、パブリックドメインの歴史的音源

http://classicalmusicmp3freedownload.com/ja/index.php?title=ベートーヴェン

※ベートーヴェンの各種音源がある。
 12番は、ギーゼキング(1949年録音)、ケンプ(1951年録音)、シュナーベル(1932年ー1935年録音)、ナット(1955年録音)、バックハウス(1950年録音)、ランドフスカ

【iPhone、iPad用アプリ】
「ベートーヴェン全曲 ピアノソナタ シンクスコア」 600円

ベートーヴェンのピアノソナタといえば、面白いiPhone、iPad用アプリを見つけました。音源と楽譜がユニットになっているユニークなアプリです。音源は、著作権フリーでケンプ演奏。画面には楽譜が表示され、再生中に譜面の該当部分がスクロール表示されます。音楽を聴いていると、楽譜を見たい、と思うこともしばしばありますが、そういう時に実に便利。私も本日この稿を書くにあたり利用してみました。楽しいです。興味のある方はぜひAppストアをご覧ください。

※他に弦楽四重奏、ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ もあります。

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