(音楽話)121: Manic Street Preachers “La Tristesse Durera (Scream to a Sigh)” (1993)
【永遠に不器用】
1980年代後半から90年代前半、英国ではひとつの音楽トレンドが生まれました。「Madchester Movement」です。英国マンチェスターのインディーズ・レーベルFactory Recordsがその震源地とされ、当時のダンス・ミュージックのトレンドがロックに波及し、レイヴやドラッグを背景とした享楽主義的な「踊れるロック」が流行りました。狂乱的な喧騒を具現化したような音楽なため「マッドチェスター」と呼ばれたわけです。
マッドチェスターを代表するバンドを4つ選んで「四天王」と言ってましたそういえば…多分日本だけですこんな呼称。いかにも型を作りたがる日本らしい話ですが、Happy Mondays, The Stone Roses, The Charlatans, Inspiral Carpetsがそれです。どのバンドもリズム重視、アナログ・キーボードやスクラッチ、打ち込みなどの装飾を積極的に取り入れる、(誤解を恐れずに言うと)ヴォーカルの力量は重要ではなくいかに踊れるかを重視、などが共通項。実際どのバンドも聴く者をフィジカルに揺らすグルーヴを持っていてカッコよかった。私個人はInspiral Carpets、通称・インスパが大好きで、今でも時々無性に聴きたくなります。大好物。
それ以外でもNew Order, Ride, James, The Farm、Soul II Soul, 808 Stateなどが有名ですが、彼らの影響を受けたバンドたちが90年代前半〜、新たな英国でのムーヴメントを呼び起こしました。それが、OasisとBlurを筆頭にチャートを席巻した「Brit Pop」でした。
マッドチェスターは踊れることが前提条件だとすれば、ブリットポップは口ずさめることが前提条件、といったところでしょうか。とにかく、耳馴染みが良い。リズムではなくメロディとリフ重視。歌詞も簡単で現実的(甘い囁き的なラヴソングはほとんどない)。
一方、当時米国で大きなトレンドになり英国にも波及していた「Grunge / グランジ」は、退廃的でシニカルな世界観と閉塞感をもたらしました。しかしその代表格だったNirvanaのKurt Cobainが94年4月に死去(自殺か他殺か未だに謎)。グランジの夢が弾けた瞬間でした。
つまり英国の若者たちは、マッドチェスターで踊るというプリミティヴな方向性に影響を受けつつ、グランジのシニカルで閉鎖的な世界観を通り、よりシンプルで現実的な音楽志向=Brit Popに向かったわけです。特にOasis "Don't Look Back In Anger"とBlur "Song 2"はこの傾向を昇華した好例であり、今も歌い継がれている名曲ですよね。
他にもRadiohead, Primal Scream, The Verve, Suede, Ride, Pulp, Supergrass, Teenage Funclub, Menswear, Erastica…挙げたらキリがないですが、本当に多くのバンドが登場しました。それらの中でちょっと特殊な、処理に困るバンドがいました。
Manic Street Preachers。「30曲入った2枚組デビューアルバムを世界中でNo.1にして俺たちは解散する」と豪語し、それを揶揄したメディアの目の前でRichie James(ギター)が腕に「4 REAL(マジだ)」とカミソリで切り刻んだ伝説の「4 REAL事件」はあまりに有名。1992年発表の1stアルバム「Generation Terrorist」は1枚組でしたが英国や日本で売れ、解散撤回。1993年に2ndアルバム「Gold Against The Soul」をリリースしました。
1994年の3rdアルバム「Holy Bible」は、非常に神経質かつミニマムなサウンドと辛辣で体制批判な歌詞が強烈な名作。しかし米国ツアー前夜にRichieが失踪、完全に行方不明になります。残されたJames Dean Bradfield(ヴォーカル、ギター), Nicky Wire(ベース、ヴォーカル)、Sean Moore(ドラムス)の3人でバンドは継続し、1996年4thアルバム「Everything Must Go」で3人での継続を虚しく宣言します。
その後定期的にアルバムをリリース。「Everything Must Go」のような過剰にデコラティヴなサウンドと、「Holy Bible」のような異様に緊迫感あるサウンドを行き来するようになり、今や英国圏を代表するバンドのひとつになっています(彼らはウェールズ出身=正確にいうと英国バンドではありません)。
…誤解を恐れずに言います。
このバンドは超・理念先行型で、理念が大き過ぎて現実が追いつかず、大抵惨めな結果になる。つまり、やる事なす事すべて、ダサいのです。
前述の「4 REAL」事件に始まり、デビュー・アルバムで解散するはずだったのにあっさり撤回。メンバー失踪後、急にデコラティヴなサウンドで"A Design For Life"(人生設計)などと嘆く。その後も"You Stole The Sun From My Heart"や"Nobody Loved You"と未練と後悔を口にしたかと思えば、"Found That Soul"と急に原点回帰、"Freedom Of Speech Won't Feed My Children"などと嘯く。すると今度はThe Cardigansのヴォーカル・Ninaと"Your Love Alone Is Not Enough"をデュエット。2009年、前年に裁判所から法的にRichieの死亡宣告がなされたことへのアンチテーゼとして彼の遺した詞を中心に組み立てたアルバム「Journal For Plague Lovers」をリリースし、冷たく緊張感あるサウンドを鳴らす…。要は毎回、感情の振れ幅が極端過ぎるのです。
Richie失踪後のアルバム「Everything Must Go」が派手で大仰なサウンドになったのは、彼の意向が多分に織り込まれた前作「Holy Bible」とは真逆のサウンドに振り切らないと、彼らも壊れてしまうから。
「Everything Must Go」の次のアルバムのタイトルが「This Is My Truth Tell Me Yours」なのは、Richieという精神的支柱を失った彼らが実直に自らを開陳しなければ前に進めなかったから。
徹頭徹尾、彼らは真面目なのです、不器用にも。
自らの状況を取り繕うことができる時、できない時がハッキリしていて、それらを包み隠さずに我々に見せてくれる。「今、俺たちはこんな感じだよ。お前はどうだい?」と言っているかのように。
だから私は、彼らを心の底から信用し、信頼できるのです。
2024年10月、彼らからシングルが発表されました。普段あまり歌わないNickyがヴォーカル(しかもスタンドマイクで!)という意外性はありますが、タイトルは"Hiding In Plain Sight"、「ありふれた光景に隠れて」。紆余曲折、非常に激しい足跡を経て30年超のベテラン・バンドになった彼らがもしかしたら初めて鳴らす「平穏」かもしれません。初めて聴いた時、ちょっと泣いちゃいました私。
(アルバムもリリース予定。タイトルは「Critical Thinking」だそう…どこまでも彼ららしい)
"La Tristesse Durera (Scream To A Sigh)"は、93年の2ndアルバム「Gold Against The Soul」収録の2ndシングル。英国系バンドらしいメロディと、米国バンドっぽい派手なギターソロが混ざったミディアムテンポな楽曲(当時の彼らは、好きなバンドのひとつにGuns`N`Rosesを臆面もなく挙げています)。
"Tristesse"と"Durera"はフランス語で「悲しみ」と「続く」。祖国のために戦って得た勲章が、ただの飾りやファッションに成り果てている様を退役軍人が憤慨と悲哀をもって嘆く、という内容です。
お前にとっては危険で困難な状況を切り抜けて得た宝物かもしれないが、他人にとっては所詮ファッション・アクセサリー程度のもの。深読みすると「お前の虚栄心なんて、他人にとってはゴミ程度に過ぎない」と言っているように思えます。彼らの若々しく青白い精神と物事の断定ぶり、相手への冷笑ぶりがうかがえ、いかにも彼ららしい曲です。
この歌詞が心に少し沁みるようになったのは、私も歳を取ったということなんでしょうかねぇ…?笑
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