初心者向けの教本その1 バイエル
初心者と言っても5歳か50歳かで変わるし、何を目標にするかでも違う。そこで、とりあえず一人で楽譜を読み、一人で弾くことを目標とした場合、どんな教材が効果的かを考えてみる。
もちろん、楽譜が全く読めなくてもピアノは弾ける。好きな曲を耳コピでアレンジしても、何の問題もなし。それでもクラシックの楽譜が多少は読みたいな、という場合だ。
評判が悪く且つ有名な教本にバイエルがある。バイエル自体が教材として最悪な訳ではない。問題は、これを使って、音楽性豊かな、創造的でわくわくするようなレッスンをするのが、非常に難しいことだ。たぶん優れた先生なら、この教本を素晴らしく活用することだって可能だ。ただ、講師も自分と相性の良い教本を選ぶ。その方がよりレッスンの質が上がるし、生徒を引き込むことができるからだ。他の教材に比べ単調なバイエルは、多面的に音楽を習得するという観点から考えると限界があるため、あまり使われなくなってきたのではないかと思う。
ただしバイエルにも強味はある。初めてピアノを試みる大人の独習者には、系統立てて勉強がし易いという点だ。バイエルの特徴は、一つずつ読譜のルールが提示され、それを使った練習曲を繰り返す、しつこく同じ音型が現れる、気を衒ったような曲は皆無なので誰でも音楽であると認識できる、全部やれば読譜の基礎が必ず身につく、基本的な運指が習得できる、という点だ。
6歳以下の子供の場合、ピアノを感覚的に体得していく場合が多い。理論立てて理解する大人は、子供とは別のアプローチの方が良い場合が多々ある。これは外国語をある年齢を過ぎて勉強し始める場合、音声のみに頼るのではなく、文法をしっかり習得する方が、早く使いこなせるようになるのと似ている。カラフルな音楽に囲まれている現代、バイエルは退屈で面白味がないが、クラシック音楽の文法習得だと割り切って使うのなら、それなりにちゃんと得るものはある。
ではバイエルの欠点を考えてみる。よく言われるのが、使われる調性が少ないということだ。これはバイエル卒業後に様々な調性に触れることで広げられる。同様に良く言われるのが、古典的な伴奏、いわゆるドソミソとかドミソとかが多く、これが癖になってしまうことだ。ポピュラーやジャズなどをメインにやりたい場合、バイエルはやめておいた方がいいと思う。単調な音型の癖がついて、後々困ることになるかもしれない。そしてまたよく言われるのが、登場する和音の種類が貧弱だという点。Ⅰ、Ⅳ、Ⅴのみで構成される曲が相当数ある。クラシックの基礎ではあるけれど、他のジャンルもやりたい場合、これも癖になり易いので、バイエルはおすすめしない。
そして全般に言えるのが、とにかくバイエルはしつこいということだ。似たような曲が延々と続く。これは基礎がきっちり身につくということでもあるけれど、理解できたと思えば適当に抜かしてやれば良い。バイエルは教本だ。素晴らしく音楽的な曲を弾く前のちょっとした準備だと思って、必要なところのみ利用してしまえばいいのだ。
どんな教本も一長一短。バイエルは短所を指摘されることが多いけれど、敢えて長所を言うのなら、飛躍が少なく地味にレベルが上がるため、素質に関係なく、誰でも読譜の基礎が無理なく身につくという点。