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Outer Wildsをクリアしました

Outer Wildsをクリアしました。私はSF好きで、考察好きの、探索好きなので最初評判を聞いて絶対合うと思って買って、序盤は結構楽しめたのですが、謎解きにちょっと詰まったのと、操作性が難しすぎて、好奇心がストレスを下回ったせいで長らく放置していました。今回機会に恵まれて、友人の方たちと一緒にあーだこーだいいながらプレイすることができ、ストレスが溜まったら交代というスタイルで笑、攻略をほぼ見ないでクリアすることができました。唯一無二の体験でした。無事、Outer Wildsゾンビになりました。
エンディングを迎えて一日、この感慨を忘れたくないので、ゲーム体験と考察解釈(物語的な意味でも、現実世界に応用できる考え的な意味でも)を残しておくために、備忘録として書きなぐった記事です。(今まだ感じている、エンディングを見たときのこころに満ちたこの感覚は、文字では完全には表せませんが、アウトプットしておくことであとからこの文章をきっかけに思い出せるかなと思って)
このゲームには自分が喜びを感じるモノが超純度で詰まっていて、かつメッセージ的にも自分が人生哲学としたいものを感じました(私が勝手にそう解釈しただけですが)

DLCは未プレイ。今後プレイ予定!

エンディング前までのゲーム体験感想メモ

■ゲーム体験として良かったところ

・分からないモノが分かるようになっていく快感

このゲームの主成分。ダイレクトにこの快感が生まれるのは、Nomaiの文字を読むところかな。
翻訳機をかざすときのワクワクは、いくら探索してもなくなりません。
船に情報が蓄積していくのも、一つ一つパズルのピースを集めていって、突然絵ができあがるというよりも2つのピースがくっついて、さらにくっつくことでこれもつながるじゃん!と点と点がつながる瞬間がたまらない。毎回叫んじゃうもしくは溜息ついちゃう。
灰の星の塔の意味がわかったときとか(星の形を模しているっていわれるまできづかなかった)量子の月の着陸方法がわかったときとか、宇宙の目の座標がわかったってところとか、第六の場所への行き方とか、Nomai母船のよくわからない装置が座標をいれる装置だって気づいたときとか、挙げればキリがないですね。
このゲーム、最初から全部用意されていて、装備も増えないし最初からゴール直行できるわけで(例えばオープンワールド系だとブレワイもかなり自由ですが最初にチュートリアルはある)プレイで得られるのは「知識」だけなところが、本当にニクいしデザインとしてすごい。
純粋な、知的好奇心に従って自らの力で知識を得てそれをもとに仮説を立て、検証していく。Nomaiが昔やったことをそのままゲームに落とし込んだ感じですよね。知的好奇心というのもこのゲームのテーマなんだろうな。
特に量子関連のふるまいは、方法がわかったときの気持ち悪さと感動が同居する感じが独特でしたね。

・Nomaiの歴史を感じ、思いを馳せる

死体が残っていて、最初はびっくりしたけど、当時の状況がありありと想像できるのが良い。そして悲しい。

Nomai好奇心の凄さ
太陽を一回爆発させるって発想がエグい。
太陽ステーションにあった宇宙の目と太陽を天秤にかけてる絵がよく分かる。でも、好奇心に勝てないのは、私のゲームプレイもそう。(感想サイトで書いてあったSelfエンドが、主人公(自分じゃない方)が矛盾を生む行為(ブラックホールに飛び込まない)についてわかっていながらも、止めないってところに、自分だったらそうするだろうな。好奇心には勝てない。ってのを表しているってかいてあって、すごく感心した。)当時の文章からも、彼らの興奮が伝わってくる。
最初は意味がわからず若干怖かった月を追う羅針盤とかワープコアとかも
意味がわかると当時の熱意が伝わってくる。そして、その叡智に感銘を受ける。Nomaiの好奇心のバトンをうけとった、と表現された方がいらっしゃったのですがほんとうにそれ。

一瞬にして滅びてしまった哀愁
そのまま生活していた瞬間に死んでしまったであろう骨や侵入者のところで道半ばで尽きているNomai(PyeとPoke)、闇のイバラでタネで行き止まりになってしまったNomaiなど当時の思い、無念、情景が浮かぶ。想像するだけで楽しい。
廃墟好きなので、廃墟を見たときに得られる栄養素(昔を思い出して思いを馳せる)がほぼ接種できて大変美味しかったです。このゲーム、超美麗グラフィックではないので見た目的な廃墟の美しさはあんまりないのですが、そういう本質的な廃墟の良さみたいなのは超純度で配置されているのですごいです。廃墟の良さを知り尽くしているマンがクリエイターにいると睨んでいます。

量子の月でSolanumちゃんと会えた感動
私のプレイでは第六の場所に行ったのは本当にラスト付近で、Nomaiの始まりから終わりまでほとんどわかった状態で会うことができたので、感動もひとしおでした。どちらかというと、Nomaiには絶対に会えないだろうと踏んでいたので、彼らの頑張り、思い、無念、残してきたものを知り、それを踏まえてNomaiと直接話せるのは本当にご褒美でした。Nomaiの努力が実ったよっていいたかった…双方向じゃないのが悔しい!!私、当時は、Solanumちゃんが量子の月の巡礼をしたときに偶然第六の場所にいたから幽霊物質を回避できたんだと思っちゃってたんですが、そもそもその理屈でも28万年生きてるのはおかしいです。他のサイトさんを見て、以下の解釈を得ました。
まず量子の月の上に立っているので、その生命体も量子的振る舞いをするようになる(洞窟の知識)というのが前提になります。そのためSolanumちゃんも量子的振る舞いをしていて、「生きている」可能性(第六の場所にいて幽霊物質を浴びなかった)と「死んでいる」可能性(それ以外の場所にいて幽霊物質を浴びた)が同時に存在している。だから、第六の場所以外の月にはNomai(多分Solanumちゃん)の死体がある。でも、同時に第六の場所の月にはSolanumちゃんが生きて存在している。のかなと量子的ふるまいのなかに、超長生きするってのはないと思うんですけど、生きている可能性が0でないなら存在できるのかなぁ…?それはともかく、Solanumちゃん、かわいい。文字を出してくれるときのポーズかわいくない?推しです

えいやっ!て感じのポーズがかわいい

Nomaiについては・・・

我らの好奇心は君と共に旅をする。君は先人たちの足跡をたどって歩く。
そして君がたどった道は後に続く者たちを導くのだ。

このセリフが全部をあらわしてますよね。

・宇宙怖い

宇宙の怖さをよくこんなゲームシステムとして表したなあという…
操作しづらい、無重力下では永遠に止まれない、酸素もない。
エネルギーが切れたあと酸素を動力に使うときの胃がキリキリする感じがすごい。すべて切れたら、死ぬまで待つことしかできない。シンプルに怖いのはアンコウですが、なんというかそれは生物が生存本能で襲ってくるからそんなに怖くないんですよね(怖いんですけど、「知ってる」怖さ)
このゲーム特有の、当たり前の景色の中に突然「意味がない」「意味不明、理解不能」がぬるっと出てくるのが怖いです。
例えばそれぞれの星がそれぞれのルールに従って行きていて、それに意味がないところ(例えば、侵入者がこの星系に着たのも多分理由なんてないんですよね。何者かの悪意がある方がむしろ怖くなくて、全く意思が介在していない、抗うことができない自然ってところにも怖さを感じているのかも)
他にも、ブラックホール(周りの風景が歪んでいるのが怖い)とか、
イバラの中のほうがでかくて空間がおかしいとか、偵察機の信号が二重になって「エラー」って淡々とでてくるところとか、幽霊物質とか。その際たる例は量子のかけらですけども。
視点を変えるとぬるっと出てくるの、いつまで立っても気持ち悪いです。
最初に博物館で理屈に気づいたときに今までの人生でなかなか感じたことのなかった恐怖と不快感を感じましたね~
量子のかけらって、こっちの観測で振る舞いを変えてくるので、逆に、量子のかけらも私の方を見てるんじゃないかって感じがして、それもすごく気持ち悪いです。意思がある感じも怖いし、全くない感じも怖い。植物とか、虫とかが、まるで人が理論で導き出して作った人工物のように最も効率がいい形になっている(蜂の巣の形とか)事実に感じる怖さと似てる気も。ただ、そこに「在る」だけってのが、怖い
量子の月も、こんなのあったっけ?と思って別のとこ見てまたみたら無くて…恐怖でしたね
ただ、人間、慣れる機能ってすごいなと思って、ブラックホールが下に存在してるの最初はずーっと怖くて脆い空洞あるくの怖かったんですけど、慣れてきたらホワイトホールにこんにちはって感じでそんなに恐怖を感じなくなりました。ただ、周りの光が歪んでるのはいつまでも怖いです。
あと、Nomaiの建てた観測機とか最初意味がわからなくてちょっと怖かった(昔の宗教施設みたいで)んですけど経緯がわかると途端に親近感を感じるようになりました。
人間の根源的恐怖って、「分からない(自分にはどうしようもない、予測できない)」ことから来るんだなあってよく分かったゲームでした。
特にエンディングで焚き火が出るまでの恐怖はそれが詰まってましたね…
量子のかけらホントきもすぎて、「きも石」ってずっと呼んでました。語呂よくないですか?

・すべて、自分の手で進められる楽しさ

ゲーム的に誘導されたところって最初の発射コードだけで
その後は完全に自主性に委ねられているんですよね。
だから、自分の意志でやったって実感がすごくて、
宇宙の目の座標を入れてGO!!!!!!!!!!したときの興奮はもう
何者にも代えがたいと思う。
あのやりづらい指定の仕方で座標を入れている間の興奮と震えと好奇心とちょっとの恐怖はこの形式じゃないとだせない。
宇宙での操作のしづらさも、自力で探索したんだという体感につながっている。操作もそうだし、自分で考えて組み立ててたどり着いた答えに自分でしたがって動くというのはもうほんとに楽しかった。
ストレスと好奇心を天秤にかけるゲームと評された方がいたが、まさにその通り。そういえば最初私は侵入者から行ったなあ。公転ルートもおかしいし、異物感がすごかったので、気になってしまって。笑人によって最初に探索する星、全然違うんでしょうね。それでも最後は収束できるようになっているのだからすごい。

・探索時間設定の絶妙さ

22分って長いようで短い。あの曲が流れてきたとき、「エェ~~~~~!!?」ってちいかわみたいな声毎回出してた。今いいとこなの!!!新しい答えと新しい謎がでてきたの!!あとちょっと読ませて!!
ヴァ~~~~ってなることが多すぎ。笑
探索関連でも、植物がないところを延々と進み、そろそろきつい!やばい!ってなったところで、木を検知することが多くて、本当によく練られているゲームだなと。高エネルギー研究所とか、最初ついたとき、まじで窒息死5秒前でした。
あと、ラスト先進的ワープコアを取り出して外に出たとき、BGMがかかってエ!?もう??!ってビビったのは私だけではないはずです。笑

・ちょこっと愚痴

ラストのラスト、先進的ワープコアを取ったあと外に出る方法が
そのままワープすればいいんですけどなんか偵察機があるor近くにいすぎる?と起動しないみたいなんですよね。それに気づかず20分くらいハマってしまった。こういう不親切さで悩まなくていいとこで悩むことが多いのは辛かった。太陽なき街も、太陽ステーションいったら探索してないところが消えたのもちょっと分かりづらかった。
まあ、ゲームにプレイヤーが合わせるゲームなのでね…誘導なしのゲームで自力でたどり着いて、やってやったぜ!ってカタルシスがこのゲームのいいところなので…

■エンディングの考察と当時の感想メモ

エンディングに、まじでこのゲームのテーマ全部詰まってると思います。

意識的観察者が目にはいると、どうなるのか?というのがエンディングですね。Nomaiが求めていたもの。

そもそも宇宙の目に物理的にたどり着くことができるのか、座標が三次元であらわせるのかな?という疑問があったが、Nomaiは量子の月の反射を通じて(だっけ?)宇宙の目の見た目は「観測」している。
宇宙の目も量子的な性質をものすごく持っているけど、観測されているなら、たどり着けるはず。そして、シャトルは何百万回も発射されていて、そのたびに可能性が潰され、確率は収束していく。「観測されない」ことは、逆に言えばそこにはいないということが確定するということなので。そうやって時間のループを使い、強力なシャトルを使うことで、Nomaiの知恵と努力でたどり着けたんだなあ。(むしろ、そういう知的好奇心を持つ種族が観測できる性質を持つことで、新しい宇宙を誕生させるときにそれが観測者となることでその性質が反映されて生命体が生まれる確率が高くなるのでは、という説もすごい)

なので、主人公はまず宇宙の目にたどり着けたのだと思う。
そして、そこに飛び込む。以降は、主人公は量子性質を持つようになるので
この後の目に見える現象はすべてそれを反映しているんだと思う。
だから、みんながここで演奏に参加してくれたかもしれないし
してくれなかったかもしれない。

次の、雷がなって木立が出たり、いろんな景色が現れては消えていくシーン。量子の月は、近くにあるものを「反射」する性質を持っていた。宇宙の目も、同じ性質を持つ可能性が高い。なので、宇宙の目にも近くにあるものを反射する性質があるはず。だから、主人公の意識を反映して、きの炉辺みたいな景色が現れたりしたのではないかな
多分宇宙の目は「可能性の塊」だから、全部のものに「存在する」可能性があって、同時に「存在しない」可能性もあるから、雷が落ちるたびに(明るくなって観測されるたびに)現れたり消えたりしたのだろうと思う。(木を感知したってシステムメッセージに気づいて木、生えてるの?って見渡したら、いたとおもったら消える。それを感じさせるのが、風景の変化だけでなくシステムを通じても行われている。すごすぎる)

南極にたどり着いて、壁をつたい、空に落ちる。(ここ、どうすればいいのか、説明がなくてもたどり着けることに感動していた)ブラックホールに落ちたときの主観みたい(自分のイメージ)で超怖かった。

そして、たどり着いた先は、見知った博物館。知らない世界の旅路の終着点が、故郷に帰るの、最高に最高。博物館の記述内容に主人公が知り得ない情報も入っているので、宇宙の目が観測してきたことと、主人公の意識が混じっているのかな。

偵、偵察機~~~~~!!!(発射したら消えちゃった)

ここの記述で、

Nomai自信が目にすることは叶わなかったが、彼らの努力と技術のお陰で、
一人のHearthianが宇宙の目に到達することができた。

にぐっときた…

アンコウはもっとも惜しまれることのない存在である、に
完全同意して爆笑しちゃった。

ここで、銀河を観察する、を押したとき当時はほえーってしてたけど、改めて振り返ると…主人公は宇宙の目にいる。宇宙の目は、量子的ふるまいをする。つまり、「どこにでもいる」可能性と「どこもいない」可能性が同時に存在している。だから、すべての銀河を観測できる位置にいる。そして、量子のかけらの上に乗って電気つけたり消したりしたときの情報として
生命体が量子物質の上に乗る(周囲もその影響を受ける。量子サボテン)と、その性質を帯びる。というのがあるので、このときの主人公は、すべての銀河・宇宙を観測できる位置にいて、その滅びを観測した、ということになるのかな。

いつもの、マップを見るときのUIと効果音がしたと思ったら、
視点がどんどん引いていって、自分たちがいたであろう銀河は全然で描くなんてなくてまたさらに大きな別の銀河の一部で、その銀河も…という視点になって…自らのちっぽけさ、スケールの大きさを感じるとともに、宇宙全体が寿命を迎えているという事実に、寂しくなった。

星がたくさん見える…どうすりゃええねん…?→進むのか…
→銀河一つ一つが、蛍の光みたいに、森の中に浮かんでいて、
それが一つ一つ壊れていく…

歩いて行くと、未確認信号。近づいたら…呼吸音が聞こえる…
じ、自分じゃない……????じ、自分だ~~~~~~~!!!!!!!
ヒエ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!
暗いよ…怖い、怖すぎるよ……………助けて…………

Esker!!Eskerじゃないか!!
音楽が聞こえる?ってセリフで、スコープ出すんだ!!って気づいたときの感動。聞き覚えのあるみんなのメロディを手がかりに、一人ひとりの楽器を集め、先輩宇宙飛行士が集まっていく。ここの手探り感、すごいよねえ。ゲームのテーマだよね~

そしてひとつ、聞き覚えのないピアノのメロディがあることに気づく。
はっと、これってNomaiの音楽じゃないの!!?って気づいて、嬉しさと、同時に、私達には聞き覚えがないってことは、すなわち「ピアノ」の音とメロディが現在(主人公がいたときの)の宇宙に引き継がれていない、残されていないということで、それに寂しくなってしまった。今振り返ると、作中探索時にNomaiの痕跡を見たときに流れる曲はピアノの旋律が主だったなと。

そして、ピアノの音の近くはNomaiの骨が!
ずいぶんライブ会場みたいなNomaiの骨に最初は笑ってしまったw
どんどん上に重なっていく骨、そしてシャトルになる。
これは、完全に博物館の、
Nomai自信が目にすることは叶わなかったが、彼らの努力と技術のお陰で、
一人のHearthianが宇宙の目に到達することができた。
だよねぇ~
Nomaiの皆が、宇宙の目に興味を持ち、手を伸ばし…
好奇心を…夢を追い求め、その努力が積み重なり、ついに技術を完成させ、
偉大なる先人たちのおかげで、目にたどり着いた。

↑我らの好奇心は君と共に旅をする。君は先人たちの足跡をたどって歩く。
そして君がたどった道は後に続く者たちを導くのだ。
だよなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのあと、一人ひとりに話しかけて
段々と音楽が重なっていくのが素晴らしい。もうここらへんになってくると
あんまり言語化できない……………本編だと集まらなかった皆がいるよう…
Solanumちゃんもいるよ………………この曲は初めてだけど参加できて光栄だわってかわいずぎるよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
自分で話しかけて楽器を始めてもらうっていう
インタラクトが必要なのもなんかすごいよかった。

そして、煙がだんだんと集まっていってなんか玉になったぞ!!と、飛び込むのかしら…今になって思うと、これは新しい宇宙の誕生…ビッグバンなんだね。

ここのセリフも、本当にいい。

未来は常に過去の上に築かれる。たとえそれをこの目で見ることはできなくても。

これ、本編のNomaiとhearthianだし、さらに今まさに私達古い宇宙の者たちと、これからビッグバンで創造される新しい宇宙の者たちだよね。古い宇宙はいま一度終わってしまう。私たちはすべて消える。でも、主人公がビッグバンの、新宇宙誕生の「観測者」となったから、その記憶は新宇宙へ伝わっていく。

あらゆる可能性が存在しているうちに、この瞬間にしばらくとどまるのは魅力的よね。
でも観察者が可能性を潰さないかぎり、可能性はそれ以上のものにはならないわ。
あとはわたしたちの前にある無数の可能性を崩壊させるだけ。

(=現宇宙を終わらせて、新宇宙を誕生させるってことだと思う)
このセリフ、聞いたときにはよくわからなかったけど、今振り返ると、
このゲームが表しているシステム的・概念的な量子的性質をすべて包含して本質を付いているセリフだなあと。
これは私の勝手なこじつけだけど、私の「考えてばかりで足を踏み出せない」という性質に対して、「とにかくやってみる」という座右の銘があるんだけど、脳内でいろいろ考えている=好意に移さないうちは、結果が「観測されない」…確定しないから、つまり失敗もない。(あらゆる可能性が存在しているうちに、この瞬間にしばらくとどまるのは魅力的よね。)
でも、踏み出して経験しないと、それ以上にはならない。失敗も、成功もできない。(でも観察者が可能性を潰さないかぎり、可能性はそれ以上のものにはならないわ。)
失敗することは怖い。失敗するかもしれない。もっと考えればうまくいくかもしれない。でも、やってみなきゃわからない。それ以上にならない。だから、一歩踏み出す。(あとはわたしたちの前にある無数の可能性を崩壊させるだけ。)
解釈もできるなあと。観測すると、無数の可能性の中から一つだけに確定する。裏を返せば、観測するまでは無数の可能性が存在しているのですね。

ここで、宇宙の「目」ってネーミングもにくいよね。多分、この宇宙は本来量子的性質が元来の性質で、宇宙の目が観測することで、存在が確定して、存在できていたんだと思う。主人公が、次の宇宙のビッグバンを観測し、次の「宇宙の目」になったんではないかな。多分、これはずっと昔から繰り返されてきたことなんだと思う(宇宙の目が宇宙よりも古いってことは。鶏卵論争になるけども)

最後、偵察機がこっちに飛んできて生きとるんかい!!ってなったけど
148億年後も経年劣化なしってことはないだろうから
もしかして偵察機も量子的振る舞いをするようになっているのかも?
(偵察機が行方不明になってないと、この演出入らないらしい。すごい)
同じことは繰り返され、でも少し違って。焚き火があるのは主人公が観測者だったからだろうな。

そして、この滅亡受け入れエンドには結構びっくりした。
てっきり、過去に行ってNomaiを救ったりとか、太陽崩壊を防ぐなんか方法があるのかとか、最初は思ってたから…
ただ、諦めた感じでもないし、今までの苦労が徒労に終わった感じでもない。Nomaiの意思が実を結んだし。
「永遠」なんてなくて、始まりと終わりは対。どちらも同時には存在することはできない。いいとこどりはできず、得るものもあれば捨てるものもある。終わりは必ずやってくる。それは寂しいし悲しいことだが、終りがあるからこそ始まりがある。「終わり」は何もかも消し去ってしまうかもしれないけど、それでもそんなことはなくて(と信じたい。完全に消え去ることはないってリーベックパイセンも言ってる)、次の世代に、その魂は受け継がれていく。人々の歴史の上に、偉大なる先人たちの道の先に、我々は立っている。この宇宙の終わりは回避なんてできない、ただの自然の一部だった。
じゃあ宇宙が結局終わってしまうなら、生きる意味なんてあるのか?
…そんな中でも、マシュマロを焼き、みんなでキャンプファイヤーを囲んで音楽を奏でる。これだけで、十分幸せで、生きる意味・・生きた意味になるんだ。

あと思ったのは、「合奏」ってところもよかった。
皆一人ひとりできること、得意なことが違う。そこの違いをリスペクトしあい、違う者同士が手を取り合うことで、一人ではできないことでもみななら乗り越えられる。(Hearthian一人ではこの宇宙の目にたどり着くことはできなかった。Nomaiの残した知恵と各所にいるパイセンの話を聞いてたどり着けたな~~と思った)
さっきふっと思ったのが、「音楽」というのでゴールデンレコードを思い出しました。言葉や数式などの物質的な側面の遺物ではなく、知的生命体の想像力と創造性の結晶である音楽が次の世代に伝わっていくって…素晴らしいね。
さらに、「焚き火」で高校の時読んだ野火を思い出した。その時の授業では、火は文明の象徴として扱われていて、そういえばけもフレでも火を怖がらないのは人間(我々の宇宙では)だけだったりしたので、火は知的生命体の知恵の象徴なのかなあとも思った。それが消えるのは悲しいけど、次の世代ではまた火がついてるんだよねえ・・・・・・・・・・・・・・・・

あと、拝見した説ですごくいいなと思ったのは、
量子ゆらぎ信号=月の信号=宇宙の目の信号は、前の宇宙の、宇宙の目になったものたちの音楽なのではないかというモノ。
(コーラスっぽい)だから、次の宇宙の、宇宙の目は最後のみんなの音楽なんじゃないかなってやつ。
受け継がれるってところがいい。

火の鳥を見た気分でした…。未来編を初めて読んだときの気持ちに近いかも。あと、このゲームはいろんなものの意味がわかって感動するゲームですが、一方で意味がないものもあります(侵入者とか。自然系。宇宙の目も、信号を発していたのは意味があったのか、なかったのか。)
なので、「全てに意味があって、意味がないのだ」みたいなエセ悟りみたいな思考になるときがあります。笑

最後に

この広い広い宇宙の中、生命体が発展してこんな豊かな感情を得られる環境にあるのは、ホント奇跡なんだなと。今生きている奇跡に感謝し、今この状態であることへの先人たちへの畏敬の念を忘れず。尊い日々を全力で毎日楽しみ、違う人々と協力しあって、夢に向かって一歩ずつ踏み出す。そんな風に日々生きていきたいなと思わせてくれたゲームでした。生きるって、幸せです。

このゲームのクリエイターの方々、今ゲームをできる環境にしてくれた自分の人生に関わってきてくれた方々、このゲームの魅力を発信してくれた方々、一緒にゲームをプレイしてくれた友人の方、こんな体験をさせてくれて、感謝……!!!自分がこのゲームを楽しめるような人間でよかった。作った人でもないのに、なぜかちょっと誇りに思います笑

わかりやすかった・共感した・参考にさせていただいたサイトさんたち

まだ追加予定です



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