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#25アウスゲイル『タイム・オン・マイ・ハンズ』

鈴木さんへ

 ウィローってポップ・パンクだったんですね。子供の頃、R&Bシンガーとしてデビューしたし、お父さんのウィル・スミスの血統から勝手にヒップホップをやっているんだと思っていました。先入観、思い込みというのは音楽を知るうえで、これ以上ないほど邪魔なものですよね。
 2世ゆえの苦悩もあるだろうけれど、いい声に恵まれているし、音楽はポップだし、聴いていて思うのは全然いきがっていないのがいいですよね。いい意味でとても自然体。世界的に有名なエンターテイメント一家で育ち、その環境への反抗心もあったかもしれないし、人種による音楽のレッテルへの閉塞感もきっとあったはずだけれど、パンクにありがちなギスギス感がないよね。私は、好きなことをやっている!!というポジティヴ感が伝わってくるのがいいですね。すごく応援したくなりました。

アウスゲイル『タイム・オン・マイ・ハンズ』

   2014年にアウスゲイルのデビュー・アルバム『イン・ザ・サイレンス』を始めて聴いた時、すぐに「大好き!!」と思ったことを今でも憶えている。勝手にイメージする冬のアイスランドの重く垂れこめた空や凍える空気が伝わり、映像のイマジネーションが気持ちいいくらい刺激された。そして、なによりも浮遊感のある淡いヴォーカルとアコースティック・サウンドに心惹かれた。
 新作の『タイム・オン・マイ・ハンズ』は、4作目になる。ヴィンテージのシンセに凝るなかで、アコースティックとエレクトロニクスの融合が長い時間をかけて模索されたという。そのなかでシンセによって創作の自由度が広がったのだろうとは思うけれど、よく耳を傾けると、多重録音によるひとりコーラスや管楽器、ギターなどのアレンジが緻密で、バランスにも優れているので、とても洗練されている。
 そのこととアルバム・タイトルの『タイム・オン・マイ・ハンズ』を結び付けて、ツアーが出来なかったからこそ、時間の余裕が出来たからこそ、この試みが出来たのだろうと思ってしまいがちだけれど、今回も彼のお父さんが英語の歌詞を書いている。もともと学校の先生で、詩人だったかな、そんな陳腐なテーマで歌を書くわけがなく、今回もポエティカルな歌詞で物語の世界へ誘ってくれる。空想の豊かさを楽しませてくれる。世の中リアルの追及だけじゃ、苦しくなってしまうもの。
 アイスランドの原風景感が薄れたのはちょっと残念だけれど、それは私の勝手な憧憬なので。アウスゲイルの優しいファルセット・ヴォイスに包まれる至福感はあるから。アイスランドでのデビューから約10年、なんかますますクラフトマン化しているなぁと思う。


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