『アンカット・ダイヤモンド』
『神様なんかくそくらえ』にて注目され、ロバート・パティンソンを主演にしたアンダーグラウンドのクライムムービーの傑作『グッドタイム』を前作とするベニー&ジョシュ・サフディー兄弟監督の新作『アンカット・ダイヤモンド』(原題はuncut gems。本編を見るとこの邦題の的外れっぷりを確認できるだろう)はこれまた彼ら自身の最高傑作、どころか個人的には早くも2020年代を代表する犯罪映画史に刻まれるべきフィルム、と大げさに言いたくなるような快作、傑作であった。
本作で話の中心、物語の核になる"gems”(宝石)はダイヤモンド、ではなく純性のオパールであるというのは、見ればわかるのだが、それに魅せられたケヴィン・ガーネット(本人役!)にオパールを貸したことから巻き起こる数々のトラブル、修羅場、茶番の連続はほぼほぼのプロットをなさないままに劇中で巻き起こる。ならば、2012年のニューヨークの中を怒鳴り散らしながら右往左往するアダム・サンドラーに感情移入しようとも、この映画はそれをもさせない。基本的にカメラは、彼の状況や仕草を遠目から見るという、彼の視点ではなく、彼を観察するという体裁をとっているため、映画自体が、このどうしようもない主人公からある程度の距離を置いているように見える。そんな共感や同情不能の主人公ハワードを演じたアダム・サンドラーの演技は巷で言われているようにキャリアハイのパフォーマンスだろう。個人的には『パンチドランクラブ』、『スパングリッシュ』、『素敵な人生の終わり方』、『マイヤーウィッツ家の人々』の彼も十分に素晴らしい名演だったと思うのだが、今回の彼は、今までの不器用ないい人というイメージをかなぐり捨て(ある意味で今回も不器用な人間とはいえるかもしれないが)、心のこもってなさそうなハイトーンの細い声が、ねちっこいいやらしさや胡散臭さとセコさを醸し出している。
この映画の中心的な存在である彼以外の脇を固める役者人もこれ以上ないほどに絶妙にはめ込まれ、アンサンブルを醸している。まったく信頼関係が存在しない部下を演じたラキース・スタインフィールドの適当なダメさや、サンドラーの妻を演じたイディナ・メンゼルの佇まい、愛人のジュリア・フォックスの美しさ、義理兄アルノを演じたエリック・ボゴシアンをはじめとする脇の強面の裏社会の男たちなど。しかし特に特筆すべきなのは、本人役で出演した、NBA選手ケヴィン・ガーネットと歌手ザ・ウィークエンドだろう。今までの本人役ゲスト出演の枠を超えた自由な使いっぷり。そのうえケヴィン・ガーネットに関しては(彼がオパールに魅せられたことが話の発端になるという)この作品の中でも、何なら主演の次くらいには重要な役ときた。ここまでグレーで、映画というフィクションの中で実在の人物を遊ばせているのも珍しいと思う。ザ・ウィークエンドにしても、2012年舞台で『starboy』以前のブレイク前の設定にして置いたうえで、クラブイベントにおける女性との生々しいやり取りをさせられる。前作『グッドタイム』をえらく気に入り、映画館を貸し切り上映会まで開いた彼のことだから、今作に出れるというだけでどんな役でも引き受けてだろうが、それにしても何の得もしないゲスト出演を引き受けててつくづく感心する。因みにここのクラブイベントの描写の、煙さとブルーのライティングや、その中で光るラキースのオレンジのパーカーなど、画面の面白さと深夜クラブの雰囲気をナチュラルに演出する手腕にも脱帽する。
全体を包み込むOPNのダニエル・ロパティンの劇伴のあおりも相まって、すさまじい緊張感が持続する今作。例えば地獄のようなオークションシーンは、今まで映画で見たオークションシーンで一番だと断言できる。そんな全身も後戻りもできない、どん詰まりの状況で、常に間違ったほうを選択してしまうハワードの行動にストレスフルになりながらも、どこに向かっていくかわからないストーリーに目を見張る。そしてそんな停滞した状況が一気に加速していくラスト20分はここ最近見た中でも一番のドライブ感を感じた。このラスト20分で物語は急速に犯罪映画としてなりえていくと同時に、スポーツ映画、ギャンブル映画としての側面も見せ始め盛り上がっていく。この爽快なクライマックスの先に待ち受けるラストは、それまでの「仕切られた空間の内側にいるやつが状況を支配できる」という視覚的な作品内ルールがぶっ壊される瞬間であることも相まって、不意打ち的な後味を残す。この一見自業自得的なオチは、自分は人生最高の気分ですべてを終われたラストとしてある種のハッピーエンドにも見えた。このインモラルな爽快感、気持ちよさこそこの作品に中毒性を感じる部分だろう。ある宝石商が虫けらのように殺されるまでの四日間の物語をここまで面白おかしく、爽快なものとして乗らせてくれるという、ある種映画体験としてはとても優れていると思う。作品内の登場人物の感情と観客の感情がイコールにならない鋭さもとても現代的だといえる。改めて犯罪映画史に残る傑作と言っておきたい。
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