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84日目(1)- 拘置所へ

(前回の記事)

 移監の日。
 朝食後すぐ、看守が呼びにきた。看守に許可を得て、各房に「今日で移監になります。どうもお世話になりました」と、挨拶して回る。僕の移監を始めて知った旧知の留置人たちが一様に、「言ってくれれば『送別会』をしたのに」と言ってくれるが、こちらとしては「『送別会』は嫌いなんで……」とも言えず、モゴモゴと適当にごまかす。
 来たときはスポーツバッグひとつだった荷物も、差し入れの本のおかげでバッグには収まりきられず、看守から紙バッグを貰って本を入れる。久しぶりに荷物を持つと、案外と重い。一時せっせと励んでいた筋トレも、4人部屋になってからはしていなかったので、明らかに筋力が落ちているのがわかる。

 拘置所は、地方裁判所に隣接していた。
 途中、同行していた「ボースン」が必要書類を忘れていた事に気づき、一度署へ取って返す。ここぞとばかりにせっせとタバコを吸う。拘置所では煙草は一切吸えないので、ラッキーなアクシデントである。

 拘置所へ到着。
 常に『関係者入り口』から出入りしていた警察署とは違い、一般と同じ正面玄関から入る。
 面会人であろう、入るなり、ケバいミニスカートの女性に出くわし、関係ないのだがドギマギする。考えてみれば、3ヶ月ぶりに間近で見るミニスカートである。ただ顔を見ると、あえて理由は述べないが、少しくホッとした。「ホッとした」相手ではあったが、それでもこちらは手錠腰縄、相手はケバいミニスカート、いささか恥ずかしく、うつむいて前を通り過ぎる。
 中へ入ると、すぐに検査室であった。

 留置場ではまだまだ『容疑者』にすぎなかったが、ここ拘置所に来ると、すでに起訴された『被告人』、すなわち準犯罪者の扱いとなる。刑務官の態度も、一応の礼儀を持って接していた留置場と異なり、ここでは完全に命令口調となる。

 検査室に入ると、さっそく「はい、足元のシルシで止まれぇ!」と、怒声が飛んだ。
 床の印まで進み、止まる。
「服を脱げぇっ!」
 留置場から着て来たトレーナーとジーパンを脱ぎ、足元の脱衣カゴに入れる。
「下着も脱げぇっ!」
 パンツも脱ぐ。
「前へ進めぇっ!」
 前進して、検査官の前へ立つ。
「回れぇっ、右っ! 足を開いて両手を床につけぇっ!」
 かつて見た映画『時計じかけのオレンジ』そのままの展開なので、何を求められているか、すぐに察する事ができた。よいしょっとばかりに、検査官に向かって尻を突き出す。映画では検査官が懐中電灯で肛門の中まで覗き込むのだが、ここではそこまでの事はなかった。
「なおれぇっ!」
 向き直ると、濃灰色のいわゆる『囚人服』を着るように指示された。初めて見る囚人服は、縫製も荒く、生地もゴワゴワとした、粗悪なものであった。ただ、マンガにあるようなシマ模様は無く、単色である。後刻知った事だが、この服はわざと破れやすいようになっている。これは、すぐに破れることにより、外に出ても目立つ様に、との考えからだそうである。

 『囚人服』のまま、荷物検査。留置場で使用していたシャンプー、石鹸、歯ミガキ等は全て没収される。移監の際に留置場の看守が「きっと、廃棄されるだろうけど……」と渡してくれた、残ったタバコ、アメもやはり廃棄処分となる。
 留置場の先達たちから、ノートも、新品に必要な連絡先のみを記したものは持ち込み可能、という情報があったのだが、残念ながら、文字の書いてあるノートは一切持ち込み不可という事で、これは「預かり」となる。内容をチェックしたあと、問題がなければ後刻持ち込めるのであった。

 検査が終わると、刑務官から番号を告げられた。今後ここでは、名前ではなく、番号で呼ばれるのであった。僕の番号は「69」番。僕は数字を覚えるのが非常に苦手で、自分の携帯番号すら時々失念してしまう。今回、何とはなしに覚えやすい番号でホッとする。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。