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58-59日目 - トビ氏の移監

(前回の記事)

58日目

 妹から差し入れの本が届く。前回の『魔の山』に続き、なるべく日持ちがするようにと、『罪と罰』他数冊である。

 この「差し入れ」、面会人がもってくる分には食べ物もオーケーだが、郵送の場合は基本的に不許可である。小包が届くと担当に呼ばれ、開封に立ち会う。その際に、食べ物は全て担当に預ける。僕の場合、食べ物で来たのは飴玉だけだったので、担当に預けたが、日持ちのしないものはきっと処分されるのであろう。

 本はその後「検閲」でいったん預ける。中に「秘密の連絡」等がないかどうか確かめられる訳だが、その際、カバーは外され、シオリの紐はカットされる。留置場では、カバーは取り置いてあり、移監ないし釈放の際には返してもらえるが、後刻入る事になる拘置所では廃棄処分であった。「袋とじ」が禁止なのは、以前にも述べた通りである。検閲後の書物は、たいていは翌日には手元に届く。
 房内に持ち込める本は3冊までなので、他は自分のロッカーに入れておく。また、差し入れが3冊以上ある場合は、1日に3冊ずつ渡される。一応、希望の順番は聞き入れられる。
 読んだあとの本は、不要であれば「廃棄処分」と言って担当に渡すと、「留置場文庫」に納められる。取っておきたい本はそのままロッカーに保管して、出るときに持って出られるのである。

 ところで、先日S氏の差し入れてくれたマンガ『20世紀少年』が、大評判である。あちこちの房から、「次オレ!」の声が飛ぶ。看守すら、「検閲のときに読ませて!」と頼んでくる。
 なんだか、ちょっと嬉しい。

59日目

 朝から誰もいない。
 加藤氏は検事調べ。ボーイ君は現場検証こと「引き当り」、トビ氏は「面倒見」。
 久しぶりに、部屋を広々と使える。
 わざとドスドスと歩き回り、腹筋、腕立て、その他。
 看守が「久しぶりにゆったりできていいねえ」と笑う。

 その快適も、午前中のみ。昼食時にはみな戻ってくる。
 ここで、トビ氏の移監が発表される。
 それからというものは、興奮したトビ氏の独演会が延々と続く。
 題して「我が青春の鬼畜な所行」「拘置所良いとこ一度はおいで」「刑務所/男だらけのさわやか物語」。ちょっとマシなところで、「老妻に捧げるバラード」。
 夕方になると加藤氏も加わり、延々と拘置所、刑務所の思い出話が就寝まで続く。

 常々悩まされたジイサンなので、移監と聞いて、正直ほっとする。今日くらいは大目に見よう、という気になる。

 でも、ちと騒ぎ過ぎ。


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。