見出し画像

66、70日目 - さすがベテランさん

(前回の記事)

66日目

 初公判から一夜が明けた。さすがに一晩寝ると、落ち着きを取り戻す。
 昨夜は寝る前に、加藤氏が「検察の嫌がらせだ」と憤っていたが、全く持って同感である。裁判の迅速化などと言いながら、何をダラダラやっているのか。僕のようなチンケな犯罪者は、とっとと出してしまえばよいのである。

 中国人のケンさんが去る。今日が判決公判なのだが、99%、その足で東京入管に移送されるという事で、荷物をまとめて出て行った。
 またしても留置場の人気者がいなくなり、寂しくなる。特に最近は、ここの空気が何となくギスギスしているので、こういう人がいなくなるのは痛手である。
 昨日は、看守も声を揃えて「寂しくなるなぁ」「もっといてよ」と、別れを惜しんでいた。夜にはひさびさに、盛大な「送別会」も執り行われたのであった。

 朝、トイレに入っていると、窓をドンドンと叩く者がある。タイ人のボーイ君である。
 キバリながら振り返ると、窓に分厚い本を押し付けて来る。『タイ語日本語辞典』である。入ってすぐに彼女に頼んでいたのだが、なかなか入手できなかったらしく、ようやく入ったのであった。ボーイ君、満面の笑み。それはいいのだが、当方、下半身むき出しである。「わかったから、あっち行け」と、追い払う。

 そのボーイ君、突然九房に移房となる。せっかく仲良くなっていたのに、唯一のまっとうな人だったのに、残念である。

70日目

 昨夜0時半、寝ているところを看守に「すまないねぇ」と、突然起こされる。新たに1人入って来ると言う。僕たち3人は睡眠薬を服用して熟睡していたのだが、なんとか寝ぼけ眼でもぞもぞと布団を敷き直し、新人を迎え入れる。

 朝目覚めて、改めてご対面。
 さて、想像していただきたい。年の頃なら40と5、6。小柄でやや猫背、金ツボまなこに出っ歯の乱杭歯、青々としたヒゲ剃りあとがまぁるく口の周りを囲んでいる、そお、昭和の4コママンガに出て来る、トラディショナルな「コソ泥」像そのままの人なのであった。しかし、ナメてはいけない。窃盗前科11犯の大ベテランなのである。
 このコソ泥氏、子供の頃から人生の大半は塀の中だったと言う。いきおい、これまでの人たちとは違い、堂々としている。「だってよォ、窓が開いてりゃ、ちょいと入って見んべ。んでもってよォ、見たらサイフが有んだもん。持ってかねーワケがねぇべ」

 ここから、コソ泥氏の妙な「サボタージュ(?)」が始まった。
 留置場では、朝7時の起床と同時に、自分で布団を押し入れまで持って行かねばならない。彼はまず、この作業の拒否から始めたのである。朝起きるなり、「気分が悪い」と、起床を拒否。布団は敷きっぱなしで、掃除も拒否。看守も、本人の体調申告を否定する訳にもいかず、放っておかざるを得ない。当然ウソなので、食事や運動には嬉々として起き出してくる。食ったあとは、布団の上にあぐらをかき、ご機嫌でおしゃべりを楽しむ。見かねた看守が「もう直っただろ」とやって来ると、またしても「あ、アタマいてぇ」
 さすが、ベテランさんである。

※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。