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84日目(3)‐ 真珠は入れてるか?

(前回の記事)

 やって来た刑務官は、先ほどとはまた別の人であった。のっけから、
「いいか! 今から職務権限により、いくつか質問するから、正直に簡潔に答えるように!」と、高圧的な態度である。
 これは拘置所生活全般を通じて云える事だが、看守は「先生」もしくは「おやじさん」と呼ばれ、基本的には絶対服従、反抗すると「懲罰」と云って、各種の罰則が用意されている。絶対権力なのである。
 以下、このときのやり取りを当時の記録に基づいて、再現してみる。

刑務官「お前は一体なぜ、ここに来た!」
僕「?」
刑務官「何で来たか、と聞いとるんだ!」
僕「?……大麻ですが?」
刑務官「それは何だ?」
僕「??……犯、罪……スかね?」
刑務官「そーだよ! お前は犯罪、すなわち、法を犯してここに来た訳だな!」
僕「……ハァ、まだ確定じゃないですけど、まァ、そーですね」
刑務官「『まァ』じゃないんだよ! そんな事でどーすんだ!」
僕「……」
刑務官「どーなんだ?!」

 いささか鈍い僕も、この辺りでようやく、彼がいかなる声を求めているのか見当がついて来た。

僕「ハァ、反省してます」
刑務官「(満足そうに、椅子にふんぞり返る)そーだよ。反省しなきゃいかんのだよ。色んな人に迷惑かけたんだから。そーだ ろ?!」
僕「(内心、ニヤリ)ホント、そうですね」 

 この間抜けなやり取りはまだ続く。

刑務官「よし! お前は法を犯してここに来たわけだ。では次に聞くが、ここではお前は他の人と同じ部屋になるかもしれん。外で人を殴ったら、どーなる?」
僕「??……捕まり、ますかね?」
刑務官「そーだよ! 捕まるんだよ。それは何故だ?!」
僕「(……!)傷害ですね!(しまった、ちょっと嬉しそうに答えすぎたかナ?)」
刑務官「(実に満足げに)そーだよ。傷害だよ。じゃあ、部屋の物を壊したらどーなる?」
僕「器物破損ですネ!」
刑務官「そーだよ! つまり、ここでもそういう事をすると、どんどん罪が加わる事になるんだヨ。わかるナ?!」
僕「ハイ!わかります!」

 このような調子で、以下、注意事項その他の説明が続くのだが、さすがの刑務官も、終わる頃にはようやく普通の態度になっていた。
 もっとも、彼が常日頃対峙するのは百戦錬磨の魑魅魍魎なので、彼の態度も推して知るべしである。

 一通りの説明がすむと、またしてもしばし一人で放置され、その後、医務問診を受けることとなった。担当する医師は、まさに「軍医殿」と呼ぶにふさわしい爺サマであった。僕はもう一人の青年と一緒に医務室へ連れて行かれたのだが、「どうせおんなじ質問するから、二人一緒でいいだろう」と、並んで座らされた。
「いいか、簡潔に答えるように」と、ここでも「簡潔」を旨とするようであった。

 老獪なオランウータンのごとき容貌の『軍医殿』は、僕と青年を並んで座らせると、質問を始めた。まずは通常の質問である。「眠れるか?」「現在、具合の悪いところはあるか?」等々である。先ほど書かされた質問用紙の内容と、重複するところが多い。
 軍医殿の問診はリズミカルであった。「夜、眠れるか?」と聞いた後、手にしたペンで「ハイ!」と、青年を指す。青年が「眠れます」と答えると、すかさず僕を「ハイ!」と指す。「……たいていは眠れるんですが」などと、「簡潔」ではない返答を始めると、「ああ、細かいことはいいから」と、遮ってくる。

 ようやくスピードが落ちて来たのは、健康以外の質問に入ってからであった。
軍医殿「刺青は入れてるか? ハイ!(と、青年を指す)」
青年「ハイ」
軍医殿「ん? どれ、見せてみろ」
 青年、袖をまくって腕の刺青を見せる。軍医殿、用紙にチョコチョコと書き込む。
軍医殿「はい、次!(と、僕を指す)」
僕「いいえ」
軍医殿「チンボコに真珠は入れてるか?(青年を指す)」
青年「真珠は入れてません」
軍医殿「(ギロリと青年を睨み)じゃ、なんかほかのもん入れてんのか?」
青年「……いえ、なんもいれてません」
軍医殿「じゃあ『いいえ』でよろしい。よけいなことはいわないように! はい、次!」

 残念ながら、僕の答えはシンプルに「いいえ」である。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。