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28、29日目 - 何がどうという事もない

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28日目

 このところすっかり留置場暮らしが板について来た万田氏、久々に落ち込んでいる。父親が面会に来たのであった。父親は泣いていたそうである。

 彼は午後、取り調べにいく。まだ、警察署の駐車場に置いたままの車から「余罪」が出ないか、非常に気にしていたが、なんだかあっという間に戻ってくる。車は父親に引き取られ、「余罪」――万引きして車に入れっ放しだった釣り竿多数――は発覚しなかった模様であった。すっかり「ワル」の顔になった万田氏、ニタァリとVサイン。

 ここ数日、いつもはおやつの時間に流れるニュースがない。この時間になると、留置場全体がザワザワする。ニュースが流れないという事は、何かしら、世間では不吉なことが起きているの相違ないのである。

 夜、捕まったときに働いていた会社から、ギャラの差し止め状が来る。予想はしていたが、がっくり来る。
 ところが、この日は存外スキッと寝られる。どうも、何かが起きるとさっさと寝てしまうようである。

 相変わらず、弁当に春雨が入っている。しかも不気味な事に、日を経るに従って、どんどん春雨だかマロニーだか分からないくらいふやけて太くなっている。

29日目

 おやつ時、ようやく弁護士が決まったとかで、接見があった。逮捕以来、初めて警察関係者以外と会う。何となくウキウキするが、いざ会ってみると、いささか冴えない中年男であった。何となくガッカリする。……無論、彼のせいではないのだが。

 面会室は6畳くらいの広さである。留置人側に3分の1、残り3分の2が面会人側と、2つに分かれており、その間は、二重の厚手のアクリル板のような透明板で仕切られている。真ん中に小さな穴をあけた会話窓があるのだが、ここも二重になっているので、話し声がくぐもって、聞き取りづらい。

 今回は弁護士接見なので、刑務官の立ち会いはなく、一人で面会室へと入る。
 弁護士の増田氏は、せかせかと早口で話す。せかせかと起訴状を取り出して、「まあ、この手のは特に何がどうという事もないから、すべて任せてください」などと言う。

 確かに「何がどう」という事もないのだが、面と向って言われると、「そっちはルーチン・ワークなんだろうけど、こっちは初めてなんだぞぉ」と思い、少しムッとする。しかしここはひとまず「よろしくお願いします」と頭を下げる。しかし、次の一言でがっくり来る。

「公判日が、9月10日になりました」
 えっ! 1ヶ月以上先やないか!
 そこへ追い打ち。
「それに、マジックマッシュルームの件もあるみたいだね。それの追起訴いかんでは、ちょっと長くなっちゃうかもね」
 …………。
「まあ、初犯だし、多分執行猶予がつくから」
 ………………。
「何か、聞きたい事ある?」

 ……せっかくなので、昨日来たばかりの「ギャラ差し止め状」を見せたところ、「特に法的拘束力のある文書ではないので、出てからゆっくりと支払い請求をしても大丈夫」と、この日唯一の救いある発言である。ただし、その訴訟費用、弁護士料等を考えると、手元に残るのは10~20万程度なので、手間を考えると、やめておいた方がよいとの事、……

 今回は、なにげに「……」が多いのであった。……

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。