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44日目 - 筋金入り

(前回の記事)

 喜ばしくも羨ましい知らせが、ふたつ舞い込む。

 以前同房だった刺青氏の判決が8月29日に決定。予想では執行猶予がつくはずなので、あと9日で出られるのである。

 当の刺青氏は「老人房」を抜け出し、若者の房に移監したら、すっかり明るくなっている。最近では、中国人のケンさんと一緒に、毎朝の運動時、ちょいとした漫才コンビのようなやり取りで、笑いを振りまいている。当然、刺青氏が「つっこみ」なのだが、マル暴関係の人ゆえ、かなりハードなツッコミである。今朝もケリを入れられたケンさんの「イタイヨォ~、看守サン、何トカシテヨォ~」の声が「ほのぼの」とした笑いを振りまいていた。

 もうひとつ。同房の万田氏の保釈が決定する。本業は栄養士なので、出たあとは知り合いの豆腐屋さんで働くのだそうな。保釈申請には、保釈金以外にも、出たあとの身の振り方や、その後行われる裁判や定期的な出頭等の審査があるそうである。ちなみに彼の保釈金は、200万円だったそうである。

 保釈が決まると、即、出られる。この日も看守がひょいと房をのぞき、「万田、保釈」とひとこと言って房の鍵をあけた次の瞬間、万田氏はシャバの人となったのであった。

 無論、出て行ったあと、いまやわが房のご意見番、百戦錬磨の加藤氏による「すぐに戻ってくるね」の判決が下ったのは言うまでもない。


 万田氏が保釈で出て行き、やっと3人になったと思ったら、さっそくに1人入ってくる。

 現役暴力団員の鮫島氏である。
 覚醒剤で捕まった彼は、まだ瞳孔はポッカリと開き、逮捕時に警官を蹴り飛ばして、逆に足の指がパックリと割れ、木刀で殴られた左手は複雑骨折でバラバラと、全身擬音語状態であった。

 しかも、覚醒剤で胃腸が弱っているらしく、食後、腹痛で苦しんでいる。日頃傍若無人なトビ氏も、部屋の隅で見守るばかり。看守が飛んで来て胃腸薬を与えるが、獣のように叫び声をあげながら七転八倒するばかりである。
 それでも就寝が近づく頃にはなんとか収まり、やっとこさ我が一房も落ち着きを取り戻す。

 この日は「医務」があり、今日から睡眠薬を処方してもらう事となったトビ氏も、秒殺で眠りに落ちる。
 まだ覚醒剤の抜けていない鮫島氏は眠れないのか、狭い布団の中でごそごそと寝返りを打っている。
 既にハルシオンの効きが弱くなっていた僕も今日の医務で増量してもらったのだが、寝られない。

 なんだか、留置場全体が、ザワザワとしている。

 人が多すぎる。


 このたび入ってきた鮫島氏は、筋金入りの人であった。
 ガキの頃からその道一直線。いまではこの地域随一の武闘派暴力団に所属している。

 長年のシンナーで歯はすっかり解けてなくなり、長年の覚醒剤でガリガリに痩せてはいるのだが、全身を鋭い筋肉が覆っており、どこかヒョウのような印象の男である。それかあらぬか、本人曰く、むやみとモテるらしい。

 先日、無事に出て行った前川氏の彼女とも、前川氏がここに入っている間に遊んでいたそうで、さらに、「ところで、×××××と言うアイドル知ってます?」などと言う。これがまた微妙なアイドルで、僕もたまたま変わった名前なので記憶していただけで、顔はよく知らないと言ったレベルのアイドルなのである。とても彼が知っているとは思えない。「××は、オレと同じ高校で、当時付き合ってたんすよ」などと言う。妙に、リアルである。

 また、彼はその動物的な感性で、あっという間に被害者を嗅ぎ分ける。今回の被害者は、トビ氏であった。

 鮫島氏が入ってくるまでのトビ氏は、ワガママ言い放題、勝手し放題だったのだが、このトビ氏に、鮫島氏が絡み付くのである。表面上は、「ナツイている」風なのだが、明らかにヤクザの「ナツき」。猫なで声で、朝から晩まで何くれとなく絡みつく。はたから見ていると、猫じゃらしにじゃれつくネコのようである。

 トビ氏、これまでの勢いはどこへやら、終日気弱な微笑みを浮かべ、小さな声で「ええ、そうですね」と繰り返すのみである。最初のうちこそ「ザマア見ろ」と思ったのだが、だんだん、可哀想になってくる。さすがに見かねて「鮫島さん、そっとしてやんなよ」と言った時の、鮫島氏が僕に向って「ニタァリ」と笑った顔は、実に恐ろしかったのであった。


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。