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21、23日目 - さすがは我が一族

(前回の記事)

21日目

午後、おやつの時間に刑事調べで呼び出される。本日の取り調べは、マジックマッシュルームについて。

 この取り調べだが、僕がペラペラとしゃべっていることもあり、ごく淡々とした調子で進む。ドラマで見られるような、「ドンッ!」と机を叩いたり、明かりを顔に向けられたり、などといったことは一切ない。もとより、机の上にライトがない。もっとも、たまにどこかの部屋から怒号が聞こえることはある。

後刻「ベテランさん」に言われたのだが、あまり取り調べに素直に応じているとすぐに終わってしまうので、相手の機嫌を損ねない程度にのらりくらりしていた方が、何度も取り調べを受けられる、つまり、タバコや飲み物にありつける機会が増える、とのことであった。ちょっとした生活の知恵である。

 この日、無事(?)大麻の件では起訴されたと聞く。これでようやく一区切りである。

 我が一房の住人が一人増えた。覚醒剤で捕まった加藤氏である。友人と車を盗んで走っていて捕まった由。まだ弱冠22歳。とはいえ、この業界ではやはり、大先輩である。
 これで、いくぶんこの部屋の平均年齢も下がったので、トビ氏も一安心というところか。

 ついに、接見禁止がとれる。さっそく、突然姿が消えていぶかしんでいるであろう、自宅の大家さん、逮捕直前働いていた会社への詫び状、妹への手紙を出す。ただ、ここでの筆記はすべて鉛筆のみなので、今時鉛筆書きの手紙をもらう大家さんは、どう思うのかいささか心配になる。

23日目

 朝の運動時、小雨が降っている。しかしこれまでのように肌寒くはなく、空気が少し生暖かい。もうすぐ夏なんだな、と感じる。
 昨日入って来た加藤氏は勾留裁判、トビ氏はこの業界用語で「引き当り」と呼ばれる現場検証で、両名とも朝から不在。ゆっくりと時を過ごす。

 妹から、ついに金と手紙が届く。その手紙によると、妹が今度の件を日頃から親しくしている叔父さんに知らせたところ、叔父さん電話口で爆笑して「今年は猛暑らしいから、涼しくていいじゃないか」と言った由。さすがは我が一族、多少のことでは泰然としている。
 ちなみに叔父は医師をしているのだが、「大麻は別に体に害はないし、いいんじゃないの」と、すましていた由。医師の診断付きとは心強い。

 当の妹はと言うと、初めて荒木刑事と電話で話した際、サラリと「たっぷり絞ってやって下さい」と言っていたそうで、良民たる荒木氏には理解不能だったらしく、「普通はもっと心配するもんだが、お前の家族はどういう人たちなんだ?」と、呆れていた。まあ、そういう人たちなのである。

 金と一緒に、荒木刑事を通して頼んでいた綿棒も届く。捕まって以来、耳掃除ができなくて困っていたのだが、これからは思いっきり、風呂のあと綿棒が使える。僕の耳あかはかさかさタイプなので本当は耳かきがよいのだが、ここでは耳かきは禁止、綿棒のみが許されている。
 ところでこの綿棒にも、ちょっとした決まりがあった。本来は、紙芯の物しか許されないのである。この辺に関しては、また後述。

 逮捕時にいくつかの身の回り品は持っていくのだが、これについて少しく述べておこう。

 まずは着替え。ここで大切なのは、僕たちを逮捕していく刑事たちが、存外、留置場の生活に関して知らない、いや、無頓着である、という点であろう。僕が逮捕されたときの会話。

刑事A「着替えって、何着あればいいんだっけ?」
刑事B「ん……? 3着もあればいいんでないの」
 ブ、ブー! 間違いです。留置場での洗濯は週に2回なので、4着はないと、毎日パンツが替えられないのでした。

 また、ジャージやパーカーの紐、ズボンのベルトは一切禁止である。これは自殺防止のためで、かなり厳密に守られている。

 洗面具。ちらと前述したが、本来、プラスチック製の歯ブラシは禁止である。しかし、これも世間で売られている歯ブラシの大半はプラスチック製なので、大目に見られている。また、歯磨き粉は、中身を1㎝ほど絞り出して検査される。過去、この中に何かを仕込んで持ち込んだ者がいた由。
 タバコ。これも、当座の分はあった方がよい。従って、身に覚えのある方は、取りあえず予備のタバコを常備しておくことをお勧めします。

 夕食後、起訴通知と弁護士の選任状が来る。もちろん、私選弁護士を頼める経済力はないので、国選弁護人を選ぶ。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。