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49-50日目 -「情状証人」を誰にするか?

(前回の記事)

 裁判の際には、弁護側の証人として、「情状証人」が立つ事が多い。これは、被告の日常をよく知る人に、「犯罪は犯したが、日頃はまじめな人でした」などと証言してもらい、最終的な量刑を軽減してもらうための証人である。特に今回のような麻薬事件の裁判では、事実関係での争点はあまりないので、「どのくらいの刑を科すか」が焦点となる。
 先日の弁護士接見の際、この「情状証人」を誰にするか? が話題になった。通常は職場の上司や家族が立つ事が多いのだが、実家からは離れた東京で、フリーランスとして働いている僕に取っては、家人も上司も身近にはいなかったのである。

 やむなく、大学時代からの先輩で、現在も僕と同業、日頃からよく一緒に遊んでいたS氏ではどうか、という事になった。
「本来は、その程度の付き合いの人ではダメなんだけど、今回の裁判では、もう、形式的なものだからいいか」との増田弁護士の意見で、S氏に依頼する事にしたのである。

 午後、そのS氏と、やはり学生時代の先輩で、一緒によく遊んでいたK氏が面会に来てくれる。結局、全期間を通じて、面会に来てくれたのはこの2人だけである。
 S氏によると、増田弁護士から連絡があったそうで、証人を承諾したとの事であった。本番はまだ半月先なのだが、「すでに緊張している」と、存外繊細なところを見せていた。

             * * *

 先日女子房に入ったタイ人はなかなかの猛者らしく、毎日のように立ち回りを演ずる声が響いてくる。今日も早朝から、何やら大騒ぎの模様であった。妙なもので、女子房の騒ぎが聞こえてくると、我らが男子房も一気に華やぐ。このようなところに長い間入っていると、女性の喧嘩の声すら、心地よく響くのである。

 ようやく盆休みも終わったと見え、少しずつ留置人にも動きがある。今日も2名ほど移監になると、噂が立っていた。

 移監はすなわち、裁判も終了に近づいている事を意味し、前科があったり、執行猶予の見込みが微妙な者たちに取っては、「刑務所」という最終地点へのカウントダウンに他ならないのである。
 運動時の話題も、もっぱら移監に関してであった。曰く「近々、大量移監があるらしい」曰く「求刑の出た者から移されるらしい」「いや、拘置所もいっぱいだから、実刑の見込まれるヤツだけじゃないの」
 結局、確かな情報は何もなく、猛者たちも不安を隠せないのであった。

 朝から「弁護士に会いたい」と看守に訴え続けていたトビ氏、夜になってようやく弁護士接見がある。就寝時に戻ってきたトビ氏、睡眠薬を飲んで横になる。しかし、弁護士に会っても不安は払拭できなかったと見え、睡眠薬にラリって、弁護士や奥さんと話をしている幻覚を見ているらしく、ずっと一人で会話をしていた。日頃は迷惑なジイサンだが、こうなると気弱な老人である。
 いささか哀れを催す。


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。