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18-20日目 - 「意味ねぇ~!」

(前回の記事)

18日目

 毎週、火曜日と金曜日は、運動の時間にひげ剃りと爪切りができる。
 ひげ剃りは、電動式シェーバーなのだが、いずれも過去の留置人が出て行く際に置いていったもので、かなり痛んでいる。うっかりすると、外歯が欠けていて、巻き込まれたりするので、気をつけて選ばねばならない。
 いつものようにひげを剃っていると、速報が入った。
 昨夜、送別会を開いた3人のうち、今日が判決の日だった2人に、無事、執行猶予が出たとのこと。前川氏も、ついにシャバに戻ったようである。

 このたびの移監に伴い、留置場内でも、移房がある。刺青氏が3房へ移動し、僕のいる1房はトビ氏と2人部屋となる。このところ、トビ氏、いささか情緒不安定の感があり、終日ブツブツと独り言を言っていたりして、いささか気味が悪い。

 御年63歳のトビ氏、日頃からの口癖が「まだまだ若いもんには負けん」である。前述の皇族への崇拝やら、ドラマの中でしか聞いたことのないこのセリフやら、久しく「実在する」ことを忘れていた、トラディショナルな日本人像である。

 彼が最近もっとも気にしているのが、多房から、僕たちのいる1房を「老人房」と呼ばれたことであった。今日は朝からずっとそのことを愚痴り続けている。気持ちはわからんでもないが、ここに入っている人の大半は20代の若者。おそらく、この日聞いた「まだまだ、若いもんには負けん」は、50回は下らなかったであろう。

19日目

 これまた、朝の運動時。以前にも述べたが、たいていの留置場ニュースは、このときにもたらされる。
 昨日3房に移動した刺青氏の第1回公判が、8月8日に決まる。彼は僕のちょうど1週間前に捕まったので、ここまでの日程も、ほぼ1週間違いで進んでいた。その計算でいくと、僕の公判も8月15日前後になるのだが、ちょうど、お盆の時期と重なっている。しかも僕には、いまだ検事調べのない、マジックマッシュルームの件もあり、予断は許されない状況である。

 ここ数日、就寝前に流行っている遊び「空想××」。たいてい2人で、架空の実況中継を行う。
『空想野球』の場合
 「ピッチャー、振りかぶって第1球、カーブ!」
 「カキーン、打ちました! ホームラン!」
 「意味ねぇ~!」

『空想麻雀』の場合
 「じゃあ、空想麻雀やろうぜ」
 「いいよ。……テンホー!」
 「意味ねぇ~!」

 こんな調子で延々と続く。ほんと、「意味ねぇ~!」

20日目

 ここには色々な犯罪の容疑者がいるのだが、やはり多いのは、覚醒剤にまつわる容疑者である。

 その中の1人に、ジャニー君がいた。まだ20代後半の若者で、まだ童顔の、ちょっといい男である。
 このジャニー君、僕より少し前に捕まったのだが、奥さんも一緒であった。夫婦で捕まるのはこれが2回目で、前回は同じ日に捕まって同じ日に釈放されたのだが、今回も一緒に捕まった由。前回の件もあるので、今回の実刑は確実で、いささか長くなることが予想されていた。

 しかも奥さんは、壁1枚を隔てた女子房にいる。彼女は、いわゆる「イケイケ」の人だそうで、女子房で大立ち回りを演じたり、運動の時間、女子房からひときわ高く嬌声が響いて来たりと、何かと情報が入ってくる。その度に、「あ、あれ、かみさんの声だ」「うちの奥さん、大丈夫かな……」と、優しいダンナさんであった。
 この日、弁護士を通じて、もうすぐ奥さんが移監になることが判明、すっかり落ち込んでいた。可哀想なくらいであった。

 中国人のケンさん、逮捕のきっかけはひき逃げだったのだが、この件に関しては結局、不起訴処分であった。ところが拘留中に不法滞在であることが判明、釈放と同時に、今度は不法滞在で再逮捕された。そのときの会話。「10分だけ、表に出させて」「ダメ」「じゃあ、5分でいいから」「ダメ」「じゃあ、タバコ1本だけ」粘り勝ちで、署内でタバコ1本だけ許されたそうである。……

 このようなところでも、土用の丑の日、うなぎが出た。無論、本当にうなぎだかどうだか知れた代物ではなかったが、哀しいかな、うまかった。

中国人のケンさんと、ボースンの会話。
ケンさん「ウナギ、初めて食べたよォー、おいしいよォー」
ボースン「そうか、うまいか」
ケンさん「ほんと、おいしいよォー、こんなうまいもん、食ったことないよォー」
ボースン「うんうん、でも、外で食うウナギは、もっとうまいぞ」
ケンさん「意地悪ゥー」

 いよいよ明日が勾留期限。接見禁止も解けるので、その時が来たら出そうと、夜、手紙を書く。けっこうな枚数になってしまう。ここでの生活を事細かに書き綴ってやったので、物見高い妹は、さぞかし喜ぶことであろう。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。