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74、79日目 - 移監ラッシュ

(前回の記事)

74日目

 先日来入っていた、地元の『大物』氏が移監となる。
 それだけで、すっかり留置場全体がのびのびとした空気となる。いつもより、各房の話し声が大きい。喧嘩も多発する。

 先頭を切ったのは、我が房を代表してコソ泥氏。朝の洗面時に「ガンをつけた」と、鮫島氏から因縁を付けられ、小競り合いとなる。そういえば鮫島氏、この2、3日姿が見えないと思っていたら、ようやく病院で骨折した手をギブスで固めてもらっていたようであった。

 続いて、隣の二房でも取っ組み合い。川又氏と、昨夜窃盗未遂で入ってきたばかりの茶髪氏である。川又氏は日頃から穏やかな物腰で、留置場内では人望の厚い人だったので、ケンカを起こした事に少しく驚く。もっとも彼は傷害で入っているので、実際には穏やかな人ではないのであろう。
 相手の茶髪氏、まだ22歳だが、何度も出入りを繰り返している若きベテランさんであった。それかあらぬか、入ってくるなり態度がでかい。昨夜もちょうど『送別会』が催されたのだが、率先して2曲も歌い、やんやの喝采を受けていた。
 このケンカの原因は、ちょっとした事を川又氏が注意したのに、茶髪氏が無視した、というだけの事であった。
 川又氏はこの後の運動時、他房の人たちに「さっきは騒がせてすみませんでした」と謝って回っていた。この辺の礼儀、人望厚き所以である。

 いずれにせよ、移監されていった『大物』氏、いるだけで抑止力となっていたようであった。

79日目

 同房の加藤氏に移監の知らせがある。彼はすでに再逮捕され、今回は実刑確実なので、かえってせいせいした表情をしていた。このところ毎日のようにコソ泥氏と、拘置所や刑務所の思い出話ばかりしていたのも、予感があったのやも知れない。

 僕もついに二番手の古株となる。朝の一番風呂で、一番手、三番手と一緒に「お互い、長いねぇ」と言い合う。

 その後、久しぶりの『面倒見』がある。小1時間ばかり世間話を交わし、コーヒーを飲ませてもらう。
 これと言ったきっかけもないのに『面倒見』があるという事は、たいてい、移監が近い事が多い。特にこのところ、さらに移監ラッシュなので、僕も近々移監になるのであろう。
 拘置所でタバコが吸えなくなるのは嫌だが、さすがに最近、留置場にも嫌気がさしてきているので、期待する気持ちもあったのである。

 『面倒見』から戻ってくると、妹からの小包が届いていた。数冊の本と一緒に、先日生まれたばかりの姪っ子の写真が入っていた。当時スペインに住んでおり、セネガル人と結婚した下の妹に子どもが生まれたのであった。
 アフリカ人とのハーフ、スペイン在住、しかも生まれてまだ1ヶ月の我が姪っ子は、ただ母親が熱狂的なファンであるおかげで、可哀想に阪神タイガースのハッピと応援ハチマキをまとっていた。


※この手記は2003年に執筆されました。文中の人物名はすべて仮名です。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。