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11、13日目 - まぁだ、これから先が長いんだから。

11日目

 ここのところ、ずっと不眠気味である。もともとがあまりよく寝られる方ではなく、たいていは酒の力を借りて寝ていた。それがここへ来て、酒を飲めないのはもちろん、ほとんど終日、じっと座っているだけの毎日である。しかも就寝が9時、起床が7時と、10時間も睡眠時間があるので、寝られる訳がない。毎晩のように夜半に目覚めては、やむなくトイレの中で、電球を頼りに本を読んでいた。
 ここでは、就寝時になると、メガネを預けなくてはならない。これも、レンズを割って自殺したりするのを防ぐためだそうだが、僕は強度の近視である。夜中に見回る担当は、いつ見ても僕がトイレの中で本に顔を埋めていたので、いささか心配していたというのを、後日聞いた。

 午前中、入浴があった。毎週、火曜日と金曜日は入浴日である。入浴は古い人の順番で入るので、僕はまだまだ午後に入る事が多かったのだが、取り調べ等で不在の人が多かったのだろう、午前中に順番が回って来た。そのせいであろう、いつも三人くらいが一緒に入るのだが、この日は古株と一緒であった。
 勧められて、浴槽によじ上って、窓から外を見てみる。すぐ向かいに建設中の家があり、屋根の上で作業員が働いていた。しばらくボウッと見ていたのだが、向こうもこちらに気づき、「おおーい、頑張れよぉ」と、手を振ってくれた。こちらも手を振り返した。古株氏は、「みんな、いい人だよねぇ」と、しみじみしていた。

 夜、予想通り、勾留延長の通知がある。今回は、担当がやって来て、房の格子越しに通知書を見せただけであった。

13日目

 ここのところ天気が悪く、雨が続いている。雨の日の運動は、運動場が狭いところへ持って来て天井が空いているので、せっかく出してくれても、小さなひさしの下で雨を避けながら煙草を吸うだけの、実に寂しいものである。

 いずこも同様なのだろうが、この留置場にも外国人が多い。断然多いのは中国、韓国系だが、この日の午前の運動時、新たにインド系の人が入っていた。看守担当のボースン氏、この人をサカナにジョークを飛ばす。さんざんからかったあげく、「でも、どうせ、日本語はあんまりわかんないんだべ?」
 すると、ずっと黙ったままだったインド氏、「もう10年、日本にいますから、ほとんどの言葉はわかります」
 ボースン、目を剥いて「おめ、10年も捕まらなかったのか!」

 この日は日曜だったので、午後も運動の時間があった。この時、見張り役として、逮捕時に僕の家に踏み込んだ刑事が来ていた。この人は、まるでテレビドラマに出てくるような「刑事さん」タイプの人であった。ごついルックス、乱暴な言葉遣いで、その実優しい言葉をかける「人情派」として、留置人の間でも比較的人望のある人であった。
 会うのは逮捕の日以来なのだが、さっそく声をかけて来た。
「どうよぉ、ここの暮らしは? もう慣れたかい?」
「はぁ、まぁ」
「ちったぁ、懲りたかい?」
「……ええ、もう十分、懲りました」
「またまたぁ、まぁだ、これから先が長いんだから」
「……」
 実に月並みなやり取りである。
 ところで、彼って、人情派なのか? 何となく、いたずらに傷口に塩を塗り込まれたような感がしたのは、被害妄想なのだろうか。

 ここでは、トイレットペーパーを頼むと、いくらでも入れてくれる。留置人は、それをトイレで使うのはもちろん、個人用の雑巾や、チリ紙として使用する。
 僕はあまりにもヒマなので、ティッシュボックスを作る事にした。購買品の入ってくる紙袋を折って箱を作り、トイレットペーパーを互い違いに折り込んで、市販のボックスティッシュのように、1枚ずつ取り出すと、次が出てくるようにしたのである。
 おりから、おやつ時に流れるニュースで、九州地方の豪雨による被害を伝えていた。僕は、それを聞きながら、せっせとティッシュを作ったのであった。

 入って来て以来、ずっと反抗的な態度を取り続けていたトビ氏、一昨日、奥さんの面会があり、こってりと油を搾られて以来、大人しくしている。
 彼は、常に一冊の雑誌を大事そうに持っていた。寝るときは、枕の下に入れている。気になってはいたのだが、常に大事そうにしまい込んでいるので、何の雑誌か不明であった。本日ようやくそれが判明する。なんと『女性セブン』であった。なぜか聞いてみた。すると、「表紙に、皇族一家の写真が載っているから」との答えであった。いまだに、皇族に対して深い敬愛の情を抱いている人がいるのに、少しく驚く。
 また彼は、今回捕まった事に関しても、「ちゃんとお墓参りをしていなかったバチが当たった」と、主張していたのだが、お墓参りをしていても、暴行、恐喝をすれば、捕まっていたのでは……。

(つづく)


※この手記は2003年に執筆されました。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。