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EP21 怪猫素股Mix−夏

EP21 怪猫素股Mix-夏
この掛け軸が怖い、と土星座生まれの女がいやらしく開いた両足の指先を依然反り返らせたまま、乱れた浴衣を直そうともせずちょうど枕元の先にある床の間に視線をちらと走らせながら、藪から棒に言う。
女の膣圧により押し戻された精液の塊が糸を引きながら滴り落ちて、真新しく糊の利いたシーツに濃い染みを作ってゆく。
以前は連れ込み宿だったに違いない古い民宿の、雑草が生い茂る石積みの崖に面した畳敷きの部屋で、赤い裸電球の灯りに誘われ蛾が何匹も群がり網戸に鱗粉を振り撒いている。
最近、俺の好みに合わせて髪を切り明るい色に染めた女はまた突然話の矛先を変える。
あのね、流氷裸祭りで有名な北の方から少し流行遅れの髪型をした女の人が裸足で死んだ赤ん坊を抱いて、母乳の代わりに赤いキャップのマヨネーズを死体の口に咥えさせ無理矢理流し込みながら、あなたに送った写真を返して欲しくてこっちに向かっているよ。
そう胸糞の悪いことを言う。
俺は女の髪を引っ掴み。
俺はもうとっくに道徳心を捨て、社会規範から逸脱する行為が快感にすらなっている。
まだ10代で上京したての頃、ドイツ表現主義列車が地下を通過するたびその振動が寝床を通して頭蓋骨まで伝わり眼球が小刻みに震える褪色フィルムのように、修正液だらけで不条理な悪夢の細切れ肉が、後味の悪い無精の後遺症みたいに、いつまでも俺の中に居座っている。
干物屋ばかりが軒を連ねる商店街を歩き、ストリップ小屋の隣で避妊具の錆びた自販機のあるうらぶれた薬局で咳止め薬のシロップを買う。
女は痛み止めと、土産物屋で安物の黒いサングラスを買う。
顔のサイズに合わないが、大きく腫れあがった目蓋や青痣を隠すことはできる。
俺も右拳が痛むので、本来女が飲むべきものを横から奪って常用している処方箋薬の睡眠薬と精神安定剤に加え、そいつも飲むことにする。
何処へ行くにも坂道がある。
気分も激しく乱高下する。
俺の生涯断崖絶壁崖っぷちに設けられた、長くて狭くて急な階段を潮風に晒され腐食した手摺りに捕まりながら降り、角を曲がるとまた長くて狭くて急な階段が待ち構えている。
角を曲がるとまた長くて狭くて急な階段が待ち構えている。
角を曲がるとまた長くて狭くて急な灼熱の女陰と蝉の小便で煩悩廻廊の遠近法もカリガリ任せに焼かれて放電し、どこか遠くの化膿姉妹都市から植林された椰子の木が嘘っぽく揺れる砂浜で眠りに着く前に、また干物屋ばかりが軒を連ねる商店街を歩かなければならない。
また咳止め薬を飲まければならない。
防波堤越しにコラージュされた空と海の手前で線香花火の燃え滓が散らばる遊歩道のベンチに座り、遊泳禁止の浜辺をウドンコ病の多肉植物みたいなちんぽで散歩中のバター犬が牝犬のコラーゲンでも嗅ぎつけたのか、真っ黒焦げのドラム缶に向かって激しく吠えている。
そのうち脳の神経細胞の幾つかが機能不全に陥って、俺は心地よく外界から遮断されてゆく。
全否定の感覚が鋭く研ぎ澄まされてゆく。
ふと野球の硬球が女の足元まで転がってくる。
肩にネクタイを引っ掛けグローブを嵌めた若い男が突き出た下腹を揺すりながら小走りに近づいてきて、朗らかに頭を下げようとする。
既に苛立ちの沸点に達している俺は額に汗を掻いた相手を睨み据え、どこか他所でやれ、とだけ言い、そいつとその野球仲間が完全に視界から消えるまで、その行方を凝視し続けている。
いま私のために怒ってくれたの?
女が聞く。
俺は無言で『狂う』のメンソール煙草を取り出すが、半分潰れかけている。
女がまた藪から棒に「ねぇ、私あなたの子供が産みたい、結婚しよう」と言う。
俺は吸ってもいない煙草を揉み消して「誰がお前なんかと、勘弁しろよ」と門前払いにする。
女は「ひどーい」と笑って必死に誤魔化そうとするが、あえなく失敗に終わる。
東京に戻ると地下に酒場が出来ている。
『NO神経なイカ、病等7回煮て』
半分、尻が見えそうなくらい極端に短いデニムのショートパンツを履いて、新しく地下にできた酒場まで歩いてゆく、どこか不機嫌な後ろ姿が眩しく脳裏に焼き付いている。
その彼女がエレベータ–のボタンを押す。
喫煙室の前まで来ると、俺は車椅子から立ち上がり、ソファに座るまでは慎重に歩いてゆく。
結婚して頬のあたりが少しふっくらした彼女が今さら興味のない話かもしれないけれど、と前置きをし、煙草のけむりを細く長く吐く。
土星座生まれのあの子、自傷占い師のおじさんと付き合ってるみたい、奥の隅っこの方の席で2人の世界作って、もう常連の皆んなも見て見ぬ振りしてる、と言う。
確かにどうでもいい話だよ、俺は軽く笑う。
意外と元気そうで安心した、と手を振り彼女が帰った後、また火を着け煙草を吸っていると、手編みのニット帽がトレードマークで顔見知りの中年女性が俺を冷やかすように笑いながら「いつも綺麗な女の人と一緒だけど、一体どの子が本命なの、誰が彼女?」と聞く。
俺もつられてあははと笑い「もうすぐ来ます、見れば分かると思いますよ、妻です」と答えて時計の針を追う。
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