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EP19 YSKpm10

EP19 YSKpm10
俺の恥骨を齧るな胎児。
重油を積んだ担架の心臓部と似た形をしたジュークボックスが苦渋に満ちた男の泥を吐くような嘆きで店内をどす黒く染め。
俺はひとり、結局は愛と平和と戦争とSEXがすべてだと主張している落書きで一面賑やかに埋め尽くされている壁に凭れ、これで何杯目かの南部の癒しの69を飲み煙草を吸っている。
ビキニを脱ぎ捨て夜の海綿体を泳ぐ女を狙って勃起した男根と人喰い鮫を合体させた感じのイラストの竿の部分には、U.S.NAVYと誇らしげに刻まれており、二重に鋭い牙が並んだ先端からはザーメンの代わりに炎が勢いよく噴き上げ火の粉は星の形に飛び散り燦然と輝いている。
見たところ日本人は、俺とカウンターの中でにこりともせず客の注文を受け黙々と酒を提供している肩にタトゥーを入れ髪を赤く染めた気の強そうな若い女の2人だけで、あとは仕事帰りの米兵たちと、彼らの連れた女たちだけだ。
夜もまだ浅漬けで、甘い香りの紫煙に漂いながら、誰もがみな気儘な時間を楽しんでいる。
このBAR狂牛からも歩いて行ける距離にある、米海軍基地での勤務歴のある俺の両親は、それをベースと呼んでおり、幼い頃、家にはいつも近所の駄菓子屋などでは見ることのない、ドブ板傷チョコが腐るほどあって食べ飽き虫歯。
その親から敷金礼金等の引越し費用として振り込まれていた金は、もう既に酒とクスリと風俗通いで底を尽きかけていた。
それに俺ときたら、何万発もの拳で殴られ続けたサンドバッグみたいに疲れきっていた。
いくら酔っても実家に戻る気は起きなかったけれど、これ以上飲むと電車賃も残らなくなり、血染めの砂と布切れで出来た汚物でも口から吐きそうだったので店を出ることにした。
人影もまばらな駅のホームに立ち3日目の経血に近い色に塗られた車輌が滑り込みアウト。
終電間際になっても都心と異なり空席の目立つ車内の俺の目の前では、若い肌を露出したくて発狂しそうな10代の女2人が互いの肩に涎を垂らし合い、股をだらしなく広げて眠りコケ。
メス栗鼠の礫死体が改造バイクのヘッドライトに浮かび上がる、通い慣れた闇夜の通学路。
このまま海を目指せば実家のある団地に着くのに俺の足は自然と左曲がりで、実質は女子高という商業高校の裏門に立つ。
柵の間に手を差し入れかんぬきを外せば難なく門は開き、腐葉土と青草の匂いを嗅ぎながら腰を屈めて足音を忍ばせ校庭を横切ると、もしや宿直担当教師と鉢合わせしやしないかと息を殺して築30年近い木造校舎の渡り廊下を進む。
するとすぐに女子便所があるので中に入り、素早く一番手前の個室に隠れて鍵を掛け、緊張と興奮で全身を駆け巡るアドレナリンと思春期特有のアンモニア臭で目が染みて酔いも醒める中、使用済みコンドームが捨ててある和式便器に跨りカリ首が赤紫色に充血しているペニスを取り出し壁に貼られた「禁煙」の文字に向かって射精をした。
家。
女の白く華奢な肩には"憎しみ"と彫られてあった。
親。
この世に生まれて一番最初に出会う赤の他人が親だ。
俺。
俺は実家に着いた翌朝から父親が所蔵する高級ブランデーを手当たり次第に開け始め、昼は近所のレンタルビデオ店で借りてきた、主人公のやくざが覚醒剤中毒になったあげくに親分を煮え立つ中華鍋で殴り殺して娼婦の愛人も焼身自殺したり自分も豚に喰われて死んだりする映画を観て過ごし、夜は海まで歩いて外国船籍の貨物船が鳴らす汽笛に誘われ水平線の彼方まで遠ざかってゆく俺の理性を肴にビールと煙草で乾杯し、あるいは米兵たちの溜まり場である例の酒場にくり出しひとり飲んだくれたりで無為。
天も地もなく無重力空間で孤独に漂うが如く。
着いた翌日からひどい下痢になった。
飲み慣れない高級酒に寿司と焼肉の連打で突然栄養価の高いものが大量に流し込まれた消化器系統が悲鳴をあげただけかもしれないが、もとより母親の手料理など食べる気はない、以降、夜は外出して海と酒場の往復だ。
昼間も定年退職した父親がいることの多い実家は居心地が悪く、冷房の効いた市立図書館に通って様々な先天性異常の症例写真が載った医学書や人体解剖図などを眺め、帰り際には決まって清潔な個室トイレに籠り、自慰8腫瘍国苦悩会議に耽ることが一種の習慣になった。
そんなある日、実家の居間で酒を片手に咥え煙草で古い任侠映画を観ながら主題歌を気持ちよく口ずさんでいた時のことだ。
不審者を見る目で俺を睨んだ父親が、お前まるで別人になったな、そう呻くように言った。
金を無心するなら今だ、そう確信した俺は、敷金礼金に加えて実際には探してもいない引越し業者に支払う架空の見積もり料金も足して改めて出せと、極めて軽い調子で言った。
眼鏡のレンズを白く曇らせ顔を上気させた老人は、すっかり呆れ果て、また金の話かよ、今すぐ現金で用意するのは難しいから少し待て、そう十二指腸潰瘍から絞り出すような声だ。
任務完了。
じゃあ俺、帰るわ。
実家を出る際は、なぜか常に下駄箱の上に放置されている、母親の財布からも札を何枚か抜き取ることを決して忘れてはならない。
陸上自衛隊駐屯地
月も掻き消す潮風に流されて
消灯ラッパでラリパッパ。
YSKpm10
#つづく #自伝 #実話に基づく #ガレージ小説 #虫けら艦隊 #再起動

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