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EP15 頭蓋骨とおしゃべり

EP15 頭蓋骨とおしゃべり

野鼠が巣篭もり。
真夜中過ぎに。
舞っ。
その後、あなたって悪魔よねからは何の音沙汰もなく、チタン貫通ドーヌデルモの連絡先など最初から知らず。
俺はひとり孤独にゲリラの迫撃砲に直撃された塹壕のように荒れ果てた部屋で、寝ても覚めても絵と格闘する日々を送っていた。
絵筆を手に真っ白なキャンバスを前にすると、まるで両手両足を縛られ自殺岬の突端に立たされたような気分に襲われた。
思い描いたとおりに完璧な1本の線を引く、それがどれだけ困難なことであるか。
どれだけの日数と、どれだけの酒と、煙草と、咳止め薬の錠剤を必要としたことか。
もちろん絵の仕事の依頼など一つもこない。
しかし絵を描く、あるいは絵を描く努力をしている姿を見せ続けることだけが、俺に残された唯一の存在証明であり、それをやめたら生きる権利を失うように感じられ、続けるしかない。
俺にとって、絵は救いではなく、地獄へと誘う死神とでもいうべき存在だった。

そこへ実家に帰らせていた女から電話だ。
女は不眠症かつ先端恐怖症で拒食症かつ巨乳で細身だが見事なS字カーブを描くボディの持ち主で、キュッと上向きの小尻、コンパスみたいに先細りしてゆく長い足。
その長い足の起点にある器官の括約筋を自在に操り俺を何度でも避妊具なしで中でいかせ、得意満面で三白眼の笑み。
その目つきと自意識過剰気味の不自然な態度が俺の神経を四六時中逆撫でで。
その先端恐怖のS字カーブがこう誘ってくる。
あしたから両親が旅行でいないから泊まりにくれば?
抜かりなく餌も蒔く。
床暖房とウォーターベッドという餌を。
まるで病気の野良犬みたいな臭いを発する毛皮のコートを着込んで折り畳み式ベッドの薄焼き濡れせんべい布団の上で身体を丸めて空腹に耐えかねていた俺は、まんまと釣られてしまう。

で電車を乗り継ぎなじみの薄い駅に降り立ってしまう。
逆光の中、きっと死ぬまで督促状の束とも深刻な薬物依存症とも妊娠中絶とも縁がなさそうに見える10代の女の子たちが下品にならない程度に短くおしゃれでかわいい制服のスカートを揺らして闊歩している姿がシルエットになって、目に眩しく映り、俺の心に刺さり、傷。
てな学園都市の、閑静な住宅街を、見下ろす小高い丘の上に建つ、瀟洒な新築一戸建て。
床暖房の俺の上で、先端恐怖のS字カーブがM字開脚でのけぞり荒馬に跨り鞭打つが如く激しくロデオ。
でなかでだし。
先端恐怖のS字カーブは毎晩自分のドSママと、その再婚相手である義理パが2人で寝ており時には夫婦の営みだってすることもあるだろうウォーターベッドの俺の上で、M字開脚でのけぞり荒馬に跨り鞭打つが如く激しくロデオ。
俺もよからぬ妄想を膨らませて異常興奮を。
で2度目のなかでだし。
翌朝目覚めると、俺はちょうど一晩じゅう嵐に巻き込まれた小船にしがみついていたみたいな酔いの感覚と、疲労感と、関節痛を全身に感じ。
咳止め薬の予備もなく、帰ると言うと、恐怖のM字開脚が、私も帰ると図々しいことを言う。

『冬』

舞っ。
野鼠が巣篭もり。
やはり真夜中過ぎに。 
いきなり何の連絡もなく、チタン貫通ドーヌデルモがひとりで訪ねてき。
大粒の雨が音立てて光る土砂降りの闇夜をついて、傘も持たず。
女ひとりで男の部屋にやって来るには基準値を超える高さのアルコール度数の匂いを含んだ吐息がドアの隙間から部屋に流れ込んでき、て。
ずぶ濡れ泥酔ドーヌデルモが俺の目の前に。
好機到来だ。
ところが今回は、恐怖のM字開脚が我がもの顔で、俺のベッドの上で、薄手のセーターの下で2つの乳首を勃起させ下半身は露出したままという恥知らずな格好で、片膝を立て、咥え煙草で無駄毛の処理中だ。
薄い恥毛の鼻先で紫煙が渦を巻き。
俺は肩越しに目を遣りながら、事情を説明し、恐怖のM字の持ち物である赤い傘を貸してやっただけで、喘息の持病がある彼女を土砂降りの雨の夜へと追いやってしまった。
冷たく間違った判断だった。
あなたって悪魔よねとチタン貫通ドーヌデルモと俺。
恐怖のM字開脚とチタン貫通ドーヌデルモと俺。
頭数は同じだ。
いったいなぜこの組み合わせではいけなかったのだろう。

その後、本来印象の薄かったチタン貫通ドーヌデルモの存在は、忘却の彼方へ消し飛んで。
それから何年も過ぎて、ばったり会って。
真冬の澄んだ陽射しが差し込む電車の吊り革に捕まり肩を並べて揺られながら、簡単な近況報告のあと、俺はいちばん肝心なことを聞いた。
彼女は言った。
とっくの昔に尿道カテの蓄尿老日本画家も亡くなったし、私も腰を痛めたので、絵のモデルの仕事はやめた。
ピアスはまだしている。
ほかの場所にも追加で開けた。
裸になって脚を大きく開かないとわからない場所だ。
そう静かに告げた。
俺はもう無職でも深刻な薬物依存症者でもなかったし、恐怖のM字とは別の相手と結婚もして、連載仕事の打ち合わせで出版社へと向かう途中だった。
それが最後だ。
俺は今でもときどき彼女の主張の乏しい胸の先端で、密かに揺れているに違いない、チタンの煌めきを想うことがある。
しかし彼女の顔立ちや、髪型や服装の趣味や、その他一切は、なぜかどう頑張っても思い出せない。
頭蓋骨とおしゃべり。

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