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【エッセイ】本選びに失敗はあるのか?

X(旧Twitter)のおすすめ欄を眺めていたら、こんな投稿が出てきた。

他者がどんな方法で本を探しているのか、それはとても気になるし、きっと自分にとって勉強になる部分があるだろう。ただ、画像の中のこの文言が気になった。

失敗しない本選びの秘策、是非教えてください!

三省堂書店にのるX投稿内の画像より


さて、果たして本選びにおける「失敗」とはなにを指すのだろうか?

いや、言いたいことはなんとなくわかる。ここで言いたいことが「自分が求めている本に出会うため、遠回りをしたり道を見失ったりしない方法はなにか」みたいなものであるのは、理解している。もしくは「ほんとうに読みたいものに辿り着けないのを回避する方法を知りたい」という感じだろう。

理想と上手く出会えなかったことについて「失敗」と評すのは、まぁ気持ちとしてわからなくはない。わからなくはないのだが。

いやいや、そもそもだ、一発で理想の本に辿り着いて、理想の本だけ読めたら良いよね、という態度が、個人的にあまりすきではない。というか、理想により早く辿り着くためには、さまざまな本を実際に読んでみて自分の理想を細かく追求した方が早いと思う。そんな、ちょっと本屋を眺めたり、Xで他者から勧められたり、Amazonで検索したりしただけで、自分の「読みたい」に合致したものに出会えるわけなくないか、という気持ちもある。

一冊の理想に出会うために、何冊もの「これはそうでもないな」「これはわたしには合わないな」があるのは、悪いことだろうか。わたしはそうは思えない。本選びにおいて「失敗を避けたい」というのは、ちょっと欲張りであるように思ってしまう。

いや、わかる。本に割く予算や時間の都合により、より少ない冊数のうちで理想に辿り着きたい思うひともいるのだろう。各位にさまざま「失敗を避けたい」事情があるかもしれないことは、想像できる。

けれど、これだけ本が出ている世の中で、そんな簡単に理想に出会う方法なんてものは、たぶん無い。強いて言うならば、いわゆる失敗を重ねたことにより洗練された感覚が、次の本選びをよりスマートにさせる、かもしれない。でもそれも絶対の感覚では無いと思う。

あと、これは余計なお世話だが、本屋の方から「皆さんも失敗を避けたいですよね!」という姿勢を示されると、こちらとしてはちょっとしょんぼりする。いや、なんというか、本屋や本の業界は、読者が本を買って成功だとか失敗だとか思うような、いわゆるトライアンドエラーを繰り返すことを、歓迎してほしいのだ。その方が儲かるでしょ、ではなくて、そうやって選択の試行錯誤することができる場所として、本屋にはひらかれていてほしい。

さて、さっきから、いわゆる失敗、という言い方をしていることからなんとなくわかるかもしれないが、わたしは本選びにおける失敗は無いと思う。以下に理由をふたつ挙げてみる。

ひとつ、わたしはそのいわゆる失敗の感覚について「わたしには“いま”合わない」「わたしにとっては“いま”有益でない」「“いま”期待していたものとちょっと違う」あたりを想定しているからだ。それは失敗ではなくシンプルなミスマッチに過ぎない。

もうひとつ、上において「いま」と挙げたように、読んだそのときは合わなかったり、有益でなかったり、期待通りでなかったりすることはあるだろうが、その感覚は未来永劫続くわけではないと思う。たとえばほかの知識を集めたあと、ほかの経験をしたあと、ほかの環境に身を置いたあと、シンプルに時間が経ったあと、などなど、読むひとのある状況によって、その本の響き方は変わってき得ると信じている。だから、確かにいまこの瞬間は失敗と思うかもしれなくても、あとから理解したり発見したり、失敗でなくなる瞬間がくる、という可能性に、縋りたい。

これは単なる祈りなのだが、どうか、どうか、たまたまその瞬間にしっくりこなかった本のことを、失敗と切り捨てないでほしい。それはいつか、自分にとって実となるかもしれない。だから、読んだ本について、これから読む本について、成功か失敗か、という尺だけで、見ないであげてほしい。

この願いを心の底から引っ張り上げるために、ここまで書いていたのだろうか。もしやわたしは本に対して、些か情を持ちすぎているのかもしれない。

(2024.04.23 18:54追記)
三省堂さんの募集にケチつけたいわけじゃなくて、単に「失敗」という言葉選びにちょっと噛みつきたくなってしまっただけです、ごめんね。各位が素敵な本に出会えますように。

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